もう誰も譲らない ~合意形成過程放棄の時代~ | (本好きな)かめのあゆみ

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かしこいカシオペイアになってモモを手助けしたい。

日本人のコミュニケーション能力が衰えているのか。


これは日本人だけのことなのか、世界でも同じことが起こっているのか。


経済の余裕がなくなると精神の余裕もなくなって、合意の形成を図る努力を疎ましく感じることになる。


先鋭的な主張は激しくぶつかり合うだけで、決して合意に向かわない。


あなたのいうことは間違っている。


わたしの考え方が正しい。


あなたのおっしゃることはわかりましたが、わたしはわたしの考え方を絶対に変えません。


お互いにそう言い合っている。


いつまで話し合っても何も決まらない。


決めないままずるずると時間だけが過ぎてきた結果がこの体たらくなのではないか。


長い議論を続けてきたのに結論が出ていない問題については、タイムリミットを定めて結論を出さなければならない。


機会損失は罪というビジネスの論理。


ならばいつやるか?


いまでしょ!


そう考えるひとがいる。


同じ対象を見ているのに、その感じ方は両極に分かれている。


永遠に交わることのない平行線。


ただしそれはユークリッド幾何学による仮想の理論。


球体の惑星に暮らすぼくたちは非ユークリッド幾何学の理論を待つまでもなく、平行線はいずれ必ず交わるということを知っている。


もともと特別なオンリー1なんていいながら、あなたはあなた、わたしはわたし、と他者を排除し、自他を折り合わせる工夫をおざなりにして、ぼくたちは明日に向かって進んでいく。


悪い意味での孤独な集団。


もうすこし保留できませんか?


優柔不断じゃいけませんか?


ほんとうにいま決めなければならないんですか?


こう問いかけながら、同時にまたこうも考える。


ぐずぐずしながら問題を先送りにして、未来にツケを貯めるというのは無責任な態度じゃありませんか。


ひとつの大きなテーマのなかには、数十の中くらいの課題があり、それがさらに数百の小さな問題に分かれているのならば、両極端の考え方であっても部分的には合意できる部分があるのではないか。


それをひとつひとつ確認し合っていく作業が必要なのではないか。


けれどもそんな地道で気の遠くなるような作業は敬遠されるのである。


忍耐力がないから性急に結論だけを求める。


で、結局どうなの? って。