憂鬱な、けれども決して厭な気分ではない雨があがった午後、いつもの時間にいつもの通りを散歩に出かける。
角を曲がって川沿いの道に入ると、視界一面に薄紅色が広がった。
あ。
思わず声が出そうになる。
季節の移ろいを感じる余裕もなく、文字通り心を亡くして忙しくしていたここ数週間、人間が定めたけじめの時期などにとらわれることもなく、植物はそれにふさわしい時期にふさわしい花を咲かせるのだ。
桜並木に寄り添うように、純白の花を緑の葉の上にちりばめた雪柳が並んでいる。
先ほどまでの雨のせいで雪柳の上に落ちている桜の花びら。
薄紅と純白の光の反射が心をくらくらさせる。
甘い痛み。
しばらく行くと濃い桃色が混ざり始めた。
遅咲きの梅はその香りで脳をとらえ、もうそのことしか考えられなくなる。
視覚と嗅覚に花のご褒美、聴覚には増水した川の濁流の音、触覚には長い冬の後のあたたかい空気の流れ、それではあとに残るのは。
ここで美味なる和菓子屋でも現れれば、五官の刺激が揃うのだが、世の中そんなにうまくはできていない。
と、眼前には不器用に大ぶりな白い花を咲かせた辛夷の木が枝を広げていた。
食べてみる?
いやいやさすがにそれは無理。
今日のゲームは雪柳と辛夷の白い花でワンペアといったところか。
それはそれで悪くない。