筒井康隆さんの作品は、時をかける少女とか毟り合いとか短編はいくつか読んだことがあるものの、長編を読んだのはこれが初めて。
独特の毒のあるユーモアと奇想天外な着想が好きなんですよね。
初めて読む長編であるこの作品は、新聞の朝刊に連載されていたとのこと。
新聞小説といえば、島田雅彦さんの徒然王子以来読んでいないのです。
冒頭から、えげつないというかおぞましいというか、主人公の美少年、葉月貴夫に災厄が訪れます。
連載当時の朝の食卓の空気はさぞかしかき乱されたことでしょう。
その災厄によって性欲というものを奪われた貴夫は、リビドーによる苦悩や支配を免れ、美食の道を突き進むことになります。
少年時代から青年時代までの大河小説のようでもあり、読み応えがあります。
美食といっても食べるだけではなく料理して料理して料理しまくるのです。
どれもこれも美味しそう。
そんな貴夫の魅力に周囲がどんどん惹きつけられ巻き込まれ、サクセスストーリーを歩みます。
貴夫を囲む女性たちも魅力的。
特に瑠璃の性格や立ち居振る舞いは、谷崎潤一郎さんの春琴抄や細雪の女性たちを思わせる艶やかさでした。
さらに登場人物たちの経歴もみな華麗。
こういう世界は実際にあるんだろうなあ。
筒井さん独特の毒のあるユーモアははっきりとはあらわれませんが、そこかしこに不道徳な気配が漂っています。
担当編集者さんの気苦労がしのばれます。
それにしても貴夫の魅力はまさに未来形。
ラストの20ページほどは怒涛の展開でこの長編を締めくくるのに実にふさわしい出来栄えです。
文章中にこれでもかと多用される古語や枕詞が、物語に風雅の味わいを醸し出しています。
日本語ってほんとうにゆたか。
難しい古語に紛れて筒井さんの造語と思われる単語が混じっているのも愉快。(乱舞でラップとか合懇で合コンとか)
筒井さんって緩急、さまざまな文章が書けるんですね。
さすがの実力者です。
それに、同年代の読者だけではなくて、常にあたらしい読者を獲得し続けるその魅力がこの作品に凝縮されているような気がします。
ラスト手前の金杉君の長広舌に激しく同意するぼくなのでした。
人類の未来のひとつの絵姿。
――聖痕――
筒井康隆