虫樹音楽集。
なんと読むか?
ちゅうじゅおんがくしゅう
と読む。
虫樹?なんだそりゃ?
バグ・ツリー。
宇宙樹。
樹皮に刻む文字。
地球上のありとあらゆる文字。
それは虫の言葉。
虫こそが地球の覇者。
皮膚に刻む地球上のありとあらゆる文字。
ジャズとカフカ。
フランツ・カフカ。
変身は変身ではなく変態。
卵から孵化し幼虫になり変態する。
それは変身ではなく変態。
グレゴール・ザムザは変身した。
グレゴール・ザムザは変態した。
ひとから虫へ。
イモナベこと渡辺柾一。あるときは渡辺猪一郎。
ジャズのテナー・サックス奏者。
虫に魅入られ、変身に魅入られ、フリージャズから孤高の音楽へ。
それは音楽を越えて言語へ。ひとに理解されぬ虫の言語へ。
畝木真治。
ジャズのピアノ奏者。
イモナベに魅入られ、虫樹に魅入られ、そしてまた孤高へ。
ザムザ。
ジャズのバス・クラリネット奏者。
文字の刺青。
河川敷のライブ。
現実か妄想か。
不思議な小説だ。
あきらかにフィクションである章があるかと思えば、エッセイのように始まり気づけば妄想のような世界に迷い込んでしまっているような章もある。
これはいったいなんなのだ?
読みながら不気味に揺らぐ。
現実が崩れる。
作者の企みが精巧なのは想像できる。
しかしその企みの正体を見抜くことはできない。
9つの章は発表順もばらばら。
しかも6年間に散らばって発表されている。
もともとひとつの小説に編むことを企図した作品なのかばらばらの文章をまとめた短編集なのか。
ぼくとしては全体をひとつの虚構の世界だと考えることにした。
ザムザは毎日、自室の窓から、よく見えなくなっている目で外を眺めていた。
9つの章は変身のバリエーション。
繰り返される変身のモチーフ。
フランツ・カフカの変身が好きなひとにはたまらない友達のような小説だ。
つまりぼくの友達ということだ。
それにしてもカフカの変身は、未来の表現者たちにいつまでも影響を与え続ける稀有な作品だ。
――虫樹音楽集――
奥泉光