人生には笑ってはいけないときがある。
小学生のとき
国語で朗読の授業があった。
確か高学年だったと思う。
みんなが仲良しで
担任の先生も人気がある
そんな申し分のないクラスだった。
順番に朗読していくクラスメイトたち。
ある女子に順番がまわってきた。
彼女が読む部分に
チャールズ・ディケンズ
という作家の名前が含まれていた。
やや舌足らずな彼女は
クラスの愛されキャラ。
先生からも特に可愛がられていた。
彼女が読む。
―――――チャーズル・ディケンズ
先生がやさしく正す。
―――――チャールズ・ディケンズ
彼女が読む。
―――――チャーズル
先生が正す。
―――――チャールズ
どうしてもチャールズといえない彼女。
彼女が読む。
―――――チャーズル
先生が正す。
―――――チャールズ
しんと静まった教室で
何度か彼女と先生のやりとりが続くうちに
教室の時空間が歪み始めた。
一生懸命やっている人を笑ってはいけない。
もちろんぼくもそう思うのだが
彼女がおかしいというよりも
この大真面目に繰り返されるやりとりが
おもしろくておもしろくて我慢できなくなってくる。
しかし一生懸命やっている人を笑うことは失礼なので
頑張って堪える。
絶対に笑ってはいけない。
そう思えば思うほど
腹筋が震えてくる。
ふと横の席を見ると
特に仲のよいともだちが
うつむきながら
こぶしを固く握りしめて
腹筋を抑えて笑いを堪えていた。
おお
この情景をおもしろいと感じているのは
ぼくだけではなかったのだ。
同志の存在を知り
ちょっとほっとしたその時
彼が顔をあげたせいで
彼の半笑いの目と
ぼくの半笑いの目が
合ってしまった。
万事休す。
決壊。
堪えていた笑いが二人そろって噴出。
大爆笑。
自分が笑われたと思った女の子は
自尊心を傷つけられたと感じて
涙をぽろぽろと流し始めた。
ああごめんなさい。
決してぼくたちはきみのことを笑ったんじゃないんです。
でもこんなコントみたいなやりとりって笑っちゃいませんか?
先生もこれくらいのことで何度も繰り返させなくてもいいじゃないですか。
ぼくたちも精一杯我慢したんです。
でもあの場面で目が合っちゃったもんだから。
仕方がないじゃないですか。
こんな言い訳を言えるはずもなく
ともだちとぼくは
その場でこっぴどく先生に叱られ
彼女に非礼を詫びさせられたのである。
人生には笑ってはいけないときがある。
けれどもそんなときが一番おもしろかったりするのである。
困ったものである。