当事者の証言に耳を傾けよ。
それはいまなお生々しく。
そして知りたくはないけれども
知らないでは済まされない現実から
目を背けるな。
二夜連続の
NHKスペシャル
証言記録 日本人の戦場
を観ることを
自分に課した。
決して観ていて
楽しい気分にも息抜きにもならない番組だが
観ておかなければならないと思ったからだ。
第1回 アジア 民衆に包囲された戦場
第2回 太平洋 絶望の戦場
なぜ彼ら彼女らは
真珠湾攻撃から70年
敗戦から66年を経た今
固く閉ざした口を開いたのか。
証言はそのひとつひとつが
あまりにも重たい。
偏った報道で
国民の戦争への忌避感を助長する番組編集
なんて批判もきっとあるだろうが
一面の真理であることは疑う余地がないし
ぼくは多面的な戦争の意味の中でも
彼らの残したことばを大切にしたい。
戦場では誰も紳士でなんていられない。
住民と兵士の区別がつかないなかで
どうして兵士だけに攻撃を加えられようか。
敵に協力する住民は殺害せよとの指示が出る。
これもあとになれば正式な指示か現場の独断かで
責任の所在や罪の重さが異なる。
組織として行った事実はない。
死人に口なし。
真実はいつもうやむやだ。
ひとつの村の住民を全員殺したこともあるという。
テレビに向かってそれを証言することの苦悩。
やらねばやられる。
住民を殺害する。
それは敵に協力している疑惑があるからだ。
警察官も検察官も弁護士も裁判官もいない。
命令に背けば軍法会議で死刑にされる。
軍法会議での死は戦場での死ではない。
自分が死ぬだけでなく
故郷に残した家族にも迷惑がかかる。
どうせ戦争では生きて帰れまい。
それならばせめて家族に迷惑がかからぬように。
自らの人間性を押し殺してでも
命令に従うしかない。
もちろん葛藤はある。
しかし選択の余地などないのだ。
精神的に耐え切れず自死するものもいた。
仲間が死んでいく。
遺族に返すための骨。
全身を火葬する時間も場所もない。
遺体の指の一部だけを切断して
それを米を炊くときの飯ごうの焚き火のなかに
放り込む。
残りの遺体は放棄。
死臭が漂う遺体に囲まれて食事をとることも
できるようになっていく。
感覚が麻痺していく。
海上での死では
遺骨の代わりに珊瑚のかけらが
桐の小箱にいれられて遺族に返される。
これがわが息子わが夫かと嘆く姿は
非国民扱いされるので後で忍び泣く。
ご近所さんが戦争の鬼となる。
不景気
凶作。
国策などは知る由もなく
他国を攻めることにより
自国の繁栄がもたらされると
信じ込ませられる。
大切な村の若者を戦場に送り出す。
最初の頃は盛大に
慣れてくればぞんざいに。
麻痺していく。
村の若者の最初の戦死の知らせ。
手厚い対応。
慣れてくれば追いつかずぞんざいに。
大本営(本部)の思惑とは裏腹に
荒廃していく戦場の兵士の精神。
略奪、強姦、虐殺。
充分な食糧も物資もなく
生きるか死ぬかの戦場で
緊張感を強いられ続ければ
誰だっておかしくなる。
戦場では紳士でなんていられない。
戦陣訓。
生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず。
魔術のようにこのことばにとらわれていく人々。
兵士はもちろん送り出す家族さえも。
粉骨砕身。
もとより生きて帰ろうなどとは思っていない。
戦場は地獄だった。
そして生き残った人にはさらなる地獄が。
生きて帰った罰だと思った。
集団自決に追い込まれ
家族に乞われて父母妹を
銃で撃った18歳の少年。
死の直前に妹がいう。
水が欲しい。
おいしい、これからお母さんのところにいく。
生き残った兄のその後の66年の苦悩は。
部下に乞われて
自決のための銃の引き金をひく上官。
生き残った上官のその後の66年の苦悩は。
瀕死ながらも生きている兵士。
目や口など穴という穴にうじ虫。
それを見捨てざるを得なかった同僚の
その後の66年の苦悩は。
戦場の綱紀は乱れる。
仲間が持つ塩を奪うために
仲間に手榴弾を投げつける。
仲間を食う人肉事件。
こんな会報が出回る。
人肉を食する者は厳罰に処す。ただし敵国人を除く。
その程度のモラル。
けれどもこれを笑っていいのは当事者のみ。
もちろん当事者は笑えない。
消え去ることのない苦悩を
背負い続けることになる。
生き残った自分が戦場の地獄について語ることは
死んだ者たちに申し訳がない。
生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず。
敵に集団投降した40人。
120人の部隊のうち80人が
戦死ではなく病死や餓死。
集団投降にかかる隊員間の葛藤。
生き恥。
この場で殺して欲しい。
本国には帰りたくない。
避難した壕のなかで
小さいこどもが泣き出す。
一緒に隠れている近隣住民は厭な顔をする。
兵士がひとりの若者にそのこどもの殺害を命ずる。
兵士も自分では殺したくないから。
命じられた若者はこどもにおそるおそる銃口を向ける。
そこでこどもの母親は自分でやりますといい
こどもの顔を自分の胸にきつく押し当てて
泣くことも息をすることもできないようにして殺める。
この母の苦しみ。
こどもを殺さずに済んだ若者は
後の苦悩を背負わずに済んだかもしれない。
忘れがたい記憶として脳裏にこびりついたとしても。
その母は戦後数十年して
自らの死の床で自ら殺めた息子の名を叫ぶ。
遺族は言う。
この感情はことばにも文字にもすることができない。
戦後66年間
死なせた部下に申し訳が立たぬと
一切のたのしみよろこびから自らを遠ざけた人がいる。
戦争。
戦場で自らの人間性が破壊されていくさまが
容易に想像できる。
たとえ自分が死ななかったとしても
この苦悩を味わい続けることは耐え難い。
要は外交努力を放棄した成れの果てが戦争。
話し合ってもらちが明かないから暴力。
あるいは
話し合いの場にすらついてもらえないゆえの暴力。
追い詰められたものの決死の行動かもしれぬ。
甘い議論だといわれようとも
ぼくは戦争を忌み嫌う。
こんな葛藤はするのもさせるのもごめんだ。
と
こんなことをぬくぬくとした自室のなかで
したり顔でことばにまとめる欺瞞。
という逃げ口上。エンドレス。