リアタイ視聴の感想〜NHKBS 小澤指揮ベルリン・フィル演奏会 1986年来日 | 作家・土居豊の批評 その他の文章

リアタイ視聴の感想〜NHKBS 小澤指揮ベルリン・フィル演奏会 1986年来日

 

 

 

小澤征爾の指揮、ベルリン・フィルの演奏、サントリーホールのオープニング記念演奏会をNHKが収録生放送していた1986年の映像を、NHK-BSで深夜放送していたので、リアタイした。

これは、元々はカラヤンが指揮するはずだった演奏会だが、病気キャンセルで小澤が代役で登場したもの。

 

※【BS】2024年3月18日 午前0:05~ 

小澤征爾 指揮 

ベルリン・フィル演奏会 

1986年来日公演

 

この時のNHK生放送(だったようだが)は、実のところ、試聴した記憶がない。当時、大学2年生で、勉学やアルバイトや音楽活動に多忙だったので、見逃したのだろう。しかし、その後も、再放送などで見た記憶もないし、もちろんディスク化もない。

これは、「N響事件」以来、関係断絶した小澤とNHKがまだこの86年当時、険悪だったということなのだろうか。小澤とNHK(とN響)が関係を修復したのは、1995年の、阪神大震災チャリティでの小澤&N響の共演だったので、それより10年も前のこの段階では、いろいろと複雑だったのだろう。

 

以下、3月17日深夜の再放送をリアタイした感想をまとめる。

 

 

#小澤征爾指揮 

#ベルリン・フィル演奏会 

1986年来日公演

このNHKの放送、ついに小澤征爾のインタビューはなかった。これはNHK側が依頼しなかったのか? 小澤が断ったのか? いずれにせよ、「N響事件」がまだ尾を引いている感じがありありと伝わってくる。

そもそも、ベルリン・フィル演奏会の放送で、指揮者のコメントがない、という事態はあり得ないはずだ。

 

この演奏会は、1986年サントリーホールのオープニングコンサートで、小澤征爾はベルリン・フィルを指揮するはずだったカラヤンの病気キャンセルの代役だった。

演奏開始前、来賓の、当時の浩宮様が着席するのをきちんと映している。

この公演、コンマスは、日本人初のベルリン・フィルコンマスの安永徹だ。

曲目は、シューベルト「未完成」、R.シュトラウス「英雄の生涯」。これは本来、カラヤンが振る曲目そのままだったのだろうか?

もしこの時カラヤンの来日が叶っていたら、まさに彼の晩年の絶頂期における日本での演奏が実現していたはず。その後の最後の来日では、さすがのカラヤンも健康状態の悪化と、演奏の雑さが目立っていた。

 

小澤とシューベルト「未完成」は、相性のいい曲だ。何度も録音しているが、今回の86年ベルリン・フィルは、小澤にしては異例なほどルバートを効かせて、超ロマンティックな演奏となっている。

それにしても、86年当時のベルリン・フィルはやはり音が分厚い!

その後のアバドの音楽監督時代の音とは全然違う。NHKのテレビ用収録だが、非常に奥行きのある音響がとらえられている。低弦の深い響きまではっきり聴こえる。この演奏、小澤としては異例なほど、響きの重心が低い。

こうして改めて聴くと、小澤はベルリン・フィルと相性が良かったように思える。

小澤の「未完成」、他の録音ではこんなに金管を朗々と鳴らさなかった気がする。あるいはカラヤンとベルリン・フィルのやり方を尊重したのだろうか。

それにしても、86年のベルリン・フィルの金管は分厚い響きで、カラヤン時代の絶頂期の音そのものだった。

最後、消え入るように締めくくられる「未完成」の曲終わりで、今の聴衆のような「ブラボー屋」がいなくてよかった!

 

番組は、生中継だったようで、演奏会の休憩時間の幕間に、同じサントリーホールで展示されているベルリン・フィルの歴史を見ながら、楽団員のインタビューを交えて解説している。なんと、会場にはカラヤンの肖像画!も展示されている!

やはり、このNHKの番組作りは、あくまでカラヤンとベルリン・フィル来日、というのがメインテーマだったのだろう。もしや、この放送で小澤のインタビューは、ないのか?

幕間、コンマスの安永徹のインタビューもあった。まだ、就任3年の時期だった!

だがやはり、小澤征爾のインタビューは、ない!

NHK、露骨だなあ。

 

さて、リアタイ後半は、R.シュトラウス「英雄の生涯」。

小澤とベルリン・フィルの「英雄の生涯」は、「未完成」の時とは違って、安全運転だ。長丁場をいかにもたせるか、という感じで進む。

小澤の指揮は、「未完成」でのタクトを持たない振り方とは違い、いつもの長めのタクトを持って、実に細かく振り分けている。まだ50代、若かった当時の小澤の指揮は本当に機能的で、オケのコントロールを隅々までつかんでいる。だがその分、いささか窮屈でもある。

あるいは、小澤はカラヤンの十八番である「英雄の生涯」をベルリンフィルと演奏することに、ものすごいプレッシャーを感じて、あくまで小澤のR.シュトラウスを実現しようと、過剰に細かい振り方になっているのだろうか。

そういえば、この当時、小澤がカラヤンの後継者でベルリンフィルの常任になるかも?と噂されていた頃だったかも?

「英雄の生涯」の「戦闘」のところで、ずっと律儀に右手で拍を刻み続ける小澤の指揮ぶり、なるほどオケは安心して弾けるのだろう。ただ、細部にこだわるあまり、大きなフレーズの流れが分断されているという感じもする。

比較してみると、小澤がボストン交響楽団と録音した「英雄の生涯」は、この当時の小澤&ボストン響らしく、非常に明快で透明度が高い反面、R.シュトラウスというにはちょっと軽すぎ、薄味すぎ、という印象だった。それに比べると、やはり今回はベルリン・フィルの重厚さがプラスに働いていたようだ。

ベルリン・フィル86年当時のホルン・セクションは、これこそドイツ本流のホルンという分厚い響きだ。このような厚みのあるホルン・セクションは、90年代以降、ベルリン・フィルだけでなく他の欧州のオケからも、失われていったように思う。

 

「英雄の生涯」演奏終了後は、直ちに舞台袖にカメラが切り替わる。ステージから戻る指揮者を、ピッタリと追う。小澤は水を一口飲むと、怖い表情のまま、演奏者の誰を答礼させるか周囲に尋ねる。このカメラ撮影は、明らかにカラヤンが指揮する予定だった時のままなのだろう。カラヤンの指揮後の姿を、なんとしてもカメラに映そうという意図を感じる。

すぐに舞台に引き返して、順番に奏者に答礼させたのち、小澤は意外なほどあっさりと、ベルリン・フィルの楽員たちを舞台から引き下がらせた。これは最初からの予定だったのか? それともベルリン・フィルの演奏会はいつもこのぐらい、あっさりと退いていたのだろうか?

舞台袖に引っ込んだ小澤は、いかにも疲労困憊だ。引き上げてきたベルリン・フィル団員たちと言葉をかわしながらも、あまり笑顔はない。思ったような演奏にはならなかったのか? それとも、舞台袖の姿をカメラで追いかけられているのが気に入らないのかも?

はたしてカラヤンが指揮していたら、NHKのこのカメラワークは実現しただろうか? カラヤンは舞台袖の表情など、撮らせてくれただろうか?

ともあれ、86年のサントリーホールのオープニングで、小澤とベルリン・フィルの生演奏を聴けた人は、なんと幸運だったことか。

そういえば、86年にはまだ、客席から花束を指揮者に手渡すことができたのだ、と感心した。思えばのどかな時代だった。しかし、小澤は花束を指揮台に載せたっきり、そのまま置き去りにして舞台袖に引っ込んだ。このことも、いささかそっけないステージマナーに思える。そのぐらい疲労していたのか、あるいは、やはり演奏が今一だったのだろうか。

 

これはぜひ実現してほしいのだが、NHKはベルリン・フィル側と交渉して、今回のサントリーホールオープニング演奏会の、小澤&ベルリン・フィルの映像と音盤を、ブルーレイやCDで発売してほしい。時代の記録として、実に貴重な生収録だったことは間違い無いのだ。

 

 

 

 

※【小澤征爾追悼】

「世界の」小澤と「世界の」村上春樹

https://note.com/doiyutaka/n/nda901739a5dc

 

※小澤征爾のオペラの思い出 ヘネシー・オペラ・シリーズ・ヴェルディ『ファルスタッフ』

https://note.com/doiyutaka/n/nacb8f06204e0

 

ヴェルディ『ファルスタッフ』

指揮:小澤征爾、演出:デイヴィッド・ニース、舞台デザイン:ジャン=ピエール・ポネル

サー・ジョン・ファルスタッフ:ベンジャミン・ラクソン、クイックリー夫人:フィオレンツァ・コソット、ナネッタ:ドーン・アプショー 他

新日本フィルハーモニー交響楽団

1993年5月16日、尼崎・アルカイックホールにて

 

 

※エッセイ「クラシック演奏定点観測〜バブル期の日本クラシック演奏会」

第32回小澤征爾 指揮 ボストン交響楽団 来日公演 1994年〜ベルリオーズ・フェスティバル〜

(期間限定・無料公開中)

https://note.com/doiyutaka/n/n83909833b931

 

小澤&ボストン響来日公演

第22回 小澤征爾 指揮 ボストン交響楽団 来日公演 1989年

https://note.mu/doiyutaka/n/n2cc998df03fa