小澤征爾指揮ウィーンフィルのブラームス(浦澄彬の批評アーカイブ3)
小沢征爾指揮のウィーン・フィルを聴いて(2000.11.12)
小沢指揮のウィーン・フィルのコンサート、曲目はブラームスの交響曲第4番と第1番。もちろん 満席で、立ち見も大勢いた。期待に身を乗り出す聴衆の前に小沢氏が登場、割れんばかりの拍手 が沸き起こる。
小沢氏は両手を上げてそれを制した。おもむろにこう語りだした。
「昨日、オーストリ アで悲しい出来事がありました。アルプスのケーブルの事故で、百何十名もの人が亡くなりました」
これは、オーストリアのキッツシュタインホルン山で起こったケーブルカーの事故のことである。同じ オーストリア人として、ウィーン・フィルのメンバーは大きな衝撃を受けていたのだろう。
小沢氏は、そ の事故の犠牲者と遺族に哀悼の意を表して、この夜のコンサートを、バッハの『G線上のアリア』で 始めた。
大変心のこもった、胸にしみる演奏だった。
その後、オーケストラのメンバーが立ち上がり、満場 の聴衆もみな立ち上がって、じっと黙祷を捧げたのだった。
これが、小沢氏の人間性なのである。その場にいた全ての人の心に影響を与える力を持ってい る、自然とにじみでる人格の魅力である。
その後、コンサートは始まった。もちろん、ブラームスはすばらしかった。特に、第1番では、小沢 氏の指揮にウィーン・フィルは見事に応え、白熱した演奏をくりひろげた。アンコールにJ・シュトラウス ?鵺の『ウィーン気質』が演奏されて、満席の聴衆はすっかり満足した。
だが、この夜、最後まで心に響いていたのは、最初に哀悼の意をこめて演奏された『G線上のアリ ア』だった。コンサートのあと、シンフォニーホールを出て公園の木々の間を歩きながら、まだ『アリア』 のメロディが鳴っていた。音楽は心で奏でるものなのだと、改めて知った夜だった。
小沢指揮のウィーン・フィルのコンサート、曲目はブラームスの交響曲第4番と第1番。もちろん 満席で、立ち見も大勢いた。期待に身を乗り出す聴衆の前に小沢氏が登場、割れんばかりの拍手 が沸き起こる。
小沢氏は両手を上げてそれを制した。おもむろにこう語りだした。
「昨日、オーストリ アで悲しい出来事がありました。アルプスのケーブルの事故で、百何十名もの人が亡くなりました」
これは、オーストリアのキッツシュタインホルン山で起こったケーブルカーの事故のことである。同じ オーストリア人として、ウィーン・フィルのメンバーは大きな衝撃を受けていたのだろう。
小沢氏は、そ の事故の犠牲者と遺族に哀悼の意を表して、この夜のコンサートを、バッハの『G線上のアリア』で 始めた。
大変心のこもった、胸にしみる演奏だった。
その後、オーケストラのメンバーが立ち上がり、満場 の聴衆もみな立ち上がって、じっと黙祷を捧げたのだった。
これが、小沢氏の人間性なのである。その場にいた全ての人の心に影響を与える力を持ってい る、自然とにじみでる人格の魅力である。
その後、コンサートは始まった。もちろん、ブラームスはすばらしかった。特に、第1番では、小沢 氏の指揮にウィーン・フィルは見事に応え、白熱した演奏をくりひろげた。アンコールにJ・シュトラウス ?鵺の『ウィーン気質』が演奏されて、満席の聴衆はすっかり満足した。
だが、この夜、最後まで心に響いていたのは、最初に哀悼の意をこめて演奏された『G線上のアリ ア』だった。コンサートのあと、シンフォニーホールを出て公園の木々の間を歩きながら、まだ『アリア』 のメロディが鳴っていた。音楽は心で奏でるものなのだと、改めて知った夜だった。