
ビゼー/歌劇「カルメン」
2025年2月22日(金)14時開演 東京文化会館大ホール
カルメン 加藤のぞみ(和田 朝妃の代役)
ドンホセ 古橋郷平
エスカミーリョ 与那城 敬
ミカエラ 七澤 結
スニガ 斉木健詞
モラレス 宮下嘉彦
ダンカイロ 大川 博
レメンダード 大川信之
フラスキータ 清野友香莉
メルセデス 藤井麻美
指揮 沖澤のどか
演奏 読売日本交響楽団
合唱 二期会合唱団
児童合唱 NHK東京児童合唱団
演出・衣装 イリーナ・ブルック
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週末の東京上野は本当に寒かったです。ポケモンGOをやりながら御徒町あたりから東京文化会館にぶらぶら向かいましたが、上野駅から直接向かうべきだと後悔しました。
この日、「カルメン」を聴きにきました。ベタですが良いオペラですね。
僕が、毎年のように聴きたいオペラ5選は「ローエングリン」、「神々の黄昏」、「エレクトラ」、「ばらの騎士」そしてこの「カルメン」です。
前奏曲から第4幕の最後までひとつとして「クズ曲」がありませんというよりも、屈指の名曲ぞろいです。
台本も最高に素晴らしですし濃密なオペラです。マッチョな故三島由紀夫氏も音楽評論家の諸井誠さんとの対談で最も高評価をあげたのはこの演目です。
新国立劇場も数年おきにこの演目を上演してくれますし、二流以下の海外劇場の来日公演でも「トゥーランドット」「ラ・ボエーム」とこの「カルメン」は頻繁に上演されます。オーケストラ演奏の質が高くなくても音楽だけで楽しめるということでしょうか。但し、どの演目も歌手には大変な負担はかかります。
近年、東京二期会が取り上げた記憶がありませんが、今回取り上げるにあたり、沖澤のどかさんを指揮者に迎えたことも非常に興味深く思いました。
沖澤さんは、現在日本の指揮者で注目される指揮者の一人で、僕も将来をとても期待しています。ペトレンコのアシスタントもされた経験があり、現在ドイツ在住でもあることから、将来チャンスがめぐりベルリン・フィルを振ってもおかしくない指揮者だと思います。
彼女の音楽には常にパッション(情熱)を感じます。曖昧さを排除した指揮にとても好感がもたれ、変な小技を使用しないことが素晴らしいと思います。
日本でのオペラ上演経験は「メリー・ウィドゥ-」以来とのことです。残念ながら聴いていませんが。
22日予定カルメン役の和田朝妃(素敵な名前!)さんが体調不良で降板で加藤のぞみさんが20日(木)に続き代役(別に代役ではないですが)として出演されました。翌日と翌々日までありましたが、そのあとも加藤さんが歌ったのでしょうか。
舞台開始前に公演監督の永井和子さんが舞台あいさつでお断りをいれ、加藤さんをほめていましたが、永井さんもこのカルメンを二期会の公演で歌ってらっしゃったんですね。僕は二期会の歌手の皆さんをおひとりおひとり存じ上げないので、新国立劇場での記憶により推測しながら聴いています。
東京文化会館はもうしばらくすると休館になり、二期会も今後新国立劇場でも上演予定が入っていることもあり、9月上演の「さまよえるオランダ人」とあわせ、少しの期間、聞き納めになると思いになりました。
加藤さんのカルメンはとても良かったですね。声のバランスがよく、抑揚もあり、表現力も大変にありました。メゾソプラノがヒロインというのもこのオペラの特徴ですね。
確かにソプラノで展開されるより、メゾソプラノで演じられることで深みを感じると思います。しかし高い音はソプラノをカバーしなくてはならないだけに十全に演じるのは大変にむずかしい位置でもあります。
役の性格上も敵役の役割も結構ありますしね。
カルメンは深みのある声が必要なのですが、かつて小澤さんのCDでジェシー・ノーマンが歌っていたのを聴いて「うまいんだけど、この声じゃないんだよ」と感じていました。ドスがききすぎているんですよね。メゾソプラノは配役によりずれを感じることがあります。
その点で加藤さんのカルメンは絶妙な「声」でもあったように思います。選抜された方との波長が合いました。
ミカエラは七澤結さんでしたが、強さをお持ちでトスカや蝶々夫人が歌っているような主張のあるものでした。とても物陰に隠れている怯えた女性の歌とは思えないぐらいの声でした。僕のミカエラ像とは異なります。
ホセとエスカミーリョの古橋さん、与那城さんはともにかっこいい歌手でした。
二人ともスマートな歌手で、歌自体もどろどろとせず、ジェントルでした。
ホセってとても嫉妬深く、ネチネチ、ギラギラした方がそれらしいのですが、ギトギト感はなかったです。
これは一つに版の問題があり、台詞もレスタティーボもないものを使用したせいで、あっさり物語が進んだような気がします。
プライドのあるカルメンと気高いホセという感じがしました。僕はこういうしょうゆ味の二人の関係が結構好きです。
なお、ジプシーのあばずれ女というカルメンにはなっていませんでしたので全体は、古典の「カルメン」ではなく、現代的な空気感がありました。
それに加え、二期会の合唱団は素晴らしかったです。ワーグナーの時の新国立劇場合唱団は白眉(先般のさまよえるオランダ人は僕の耳奥にいまも残っています!)ですが、今回の二期会の合唱も美しさが目立ちました。
歌手陣は全体が整っていたように思います。
さて、舞台なのですが、第1幕の原始時代のような穴倉はいただけなかったです。時代背景を変えることは世界の舞台の趨勢でもあり全然問題がないです。但し、ドラマの連続性を阻害することは賛同できません。何を意図として実施したかは演出家は積極的にコメントしてほしいものです。
現代版の舞台となっているのと違和感が大きすぎました。なぜ、なぜこの場面を原始人の住居のような場所にしたのか理解ができません。
たばこ工場と賑わいがある場所を想定した時、いかにも情けない風景です。
第1幕の最後にカルメンがドン・ホセを突き飛ばす場所は賑やかな雑踏であることで妥当性があるのであって、辺鄙なところでは筋が通らないのです。
舞台演出はイリーナ・ブルックさんらしいですが、僕の「カルメン愛」と彼女の現代的感覚はここではまるで波長が合わなかったようです。
第2幕以降は背景を除いて異議はないのですが、この1幕だけは寛容な僕も受け入れられませんね。
さらにカルメンにラッパズボンのようなジャージをはかせるのもいかがなものでしょうか。大阪のヤンキー姉ちゃんのようにしか見えず、ジャージをはかせると性的にも中性的になってしまい、女を武器にするカルメンの資質が曖昧となり、彼女の性質も明らかに低下をみて、先に記載したようにジブシー女の特性が「ただのあばずれ女」に大幅下落してしまったのではないでしょうか。カルメンとサロメはエロティックである方が断然物語として効果があるように思います。
そしてこの第1幕で出されたものは第3幕での披露しかありえないものです。第1幕と第4幕は作品の構成上絶対にきらびやかな明るさが必要であり、冒頭に隠々滅々とした暗い装置にしたのは大反対です。
この2つの幕では子どもたちを出演させている意味にあるのではないかと思います。
野放図に明るい男女がからむシーンとして、また第2幕、3幕に向かう悲劇の道へのコントラストしては何としても明るい舞台であるべきだと思います。
あの暗い、原始的な構築物は僕には全く理解ができませんでした。
第4幕の背景(遠景)に山の姿が映る絵柄を残すのも安直だったと思います。闘牛場のあるのは絶対街中を意識すべきだと思います。澄み切った牧歌的なものでなく、人間の究極的な悲劇が実行される感覚は適当ではないでしょう。
一方で「踊り部隊(ダンサー)」(所属がどこか記載されていないのは残念)が優れていました。それは、第1幕、2幕、4幕で大変に効果を上げていました。第1幕では歌手にうまくまぎれこませ、舞台をとても躍動的に盛り上げており、演出効果として優れていました。
また、第2幕ではホセにカルメンの踊りを見せるところで、その前段でダンサーたちが踊り、カルメンの動きを最小限にしてやはり効果を抜群に上げていました。
いつも観劇者として心配するのが「サロメ」と「カルメン」の歌手に対してです。これら二つのオペラは踊り部分があり、声と歌がいかに良く、うまくてもタイトル・ロールに太った歌手を使いずらい部分があります。
そして、かなりハードな踊りを強いると、歌手にとって本来歌うことがおろそかになることにもなり、見る側もヒヤヒヤとします。
そういう意味で、今回のやり方は非常にスムーズだったのではないでしょうか。
歌手の負担を最小限にして最大限の効果を上げていました。
さらに第4幕のエスカミーリョの登場のシーンも大変に良い流れでした。
単に人を行進させるのではなく、劇的効果が高かったです。良い演出だったように思います。
返す返すも第1幕の暗闇が残念でなりません。
最後に演奏です。沖澤さんの指揮はすこぶる健康的で良かったです。ブザンソン・コンクールの優勝者だけあってフランス音楽が得意ですね。在京オーケストラの定期公演等にもフランスものをよく披露されていますが、冒頭の前奏曲からも速いテンポでテキパキしたもので良かったです。よく軍隊のラッパ行列のように「1・2・3・4、1・2・3・4(フンガ・フンガ)」となることがあるのですが、音楽が能動的に動いていました。
第3幕の頭の曲も切なく、本当に良い音でした。カルメンの第3幕っていつ聞いても本当に素晴らしい楽曲です。フルートで始まるのが絶妙です。
第4幕のドン・ホセがカルメンを追いこむ音楽も相変わらずいいですね。チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲第1楽章で、この旋律をカバーし、多少いじっていますが、こういう旋律が浮かぶビゼーは天才です。ドボルジャーク、ビゼー、ワーグナーの3巨人は旋律作りの神ですね。
1点課題は、やはり現状ではシンフォニックな音作りが展開されたことです。伴奏をあまりにも歌手にきっちり付けすぎ、声楽曲を聴いているようで、遊びがなくて硬い表現になっていたことです。さらに第1幕では歌手の声に比べ、オーケストラの音を鳴らしすぎていたことも気になりました。歌手の声が聞こえなかったわけではないですが、もう少し、ワーグナーやR・シュトラウスのオペラではないので、もう少し声を尊重しても良かったのではないかと思いました。
東京文化会館の特性かもしれませんが、オーケストラピットが深めなので指揮者として少し大きな音をオーケストラに要求してしまうのかもしれません。
ビゼーのこの演目はもう少し歌手を前に引き出しても良かったのではないでしょうか。といっても悪かったわけではなく、再生音の重なりは巧みだったので、この指揮者が場数を踏まれたら相当素晴らしい音を提供してくれるでしょうね。将来が楽しみです。
今回も拍手の小言をひとつ。
1階後方のダメ客がまた、第4幕の終わりでオーケストラの音が鳴っているにもかかわらず拍手を開始。
頼むから音楽を最後まで聞かせてもらえないでしょうか。
オペラやバレエ、土曜日のN響の演奏会ではいつもこのような無粋な客に必ず出くわします。皆の拍手が追随していったん止(や)んだのですが、毎回どの舞台、どの演目でもこの憂き目にあい、本当にがっかりです。
表現の自由であり、好き勝手に拍手するのも自由、好き勝手にブラヴォーを騒ぎ立てるのも自由。喫煙家の「公共場所での喫煙の自由」と同じような主張としか思えません。
フライング拍手とフライング・ブラボーに対しては出禁になってほしいと心の底では大声で叫んでいます。
今回の舞台もとても良いものだったと思います。
なお、3月には新国立劇場の「カルメン」もあり、楽しみは続きます。新制作となっていないので2022年の舞台ならびに演出の再演になるのでしょうね。
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