実は、「神様が決めました」の柿本恵理子調査官の時、そのペアの若い女性調査官がいました。

当時、調査官の名前を検索したら、その若い調査官のフェイスブックが出てきて、学歴なども書かれてました。

今里調査官もあちこちで足跡が見つかりますが、若い人は脇が甘いようです。

林衆太調査官も検索しましたが、地方で卓球大会に参加しているのが分かったくらいで、赴任先までは不明です。

 

その若い女性調査官は、京都大学の心理学科卒だそうで、それが家裁調査官なのがあまりに哀れだったし、特に「神様が決めました」ほどのアホなことをしてないため、名前を出していません。

そんなに公務員が良ければ、頑張って厚生労働省のほうがまだマシな気がするし、そんなに現場仕事が良いなら、県庁でも入ったほうが、家裁調査官のあの業務内容で全国ドサまわりは頑張って勉強した学歴に比して、あまりにミジメで転勤が大変ではないかと感じて、放置してます。

もう名前も覚えてません。

なので、下記の資料を見ても、今どこにいるのかも不明です。

 

今も、ふと元妻を思い出します。

その瞬間、怖…と思い、次に当時の妻が言うであろう言葉

「なんで!怖いとか言うんや!!」

と大声で叫ぶ妻の狂気の姿が思い浮かびます。

 

もう十年以上過ぎたのに…

私と同様、地獄の結婚生活、子供の連れ去り、家庭裁判所の魔女裁判で苦しんだ方々は、もう過去の恐ろしい記憶を消して、自由に楽しく生きればいいと思います。

 

養育費なんて関係ありません。

もし、来年共同親権になって、また金だけ欲しいと言い出したなら、共同親権を希望すればいいのです。

嘘まみれの申し立てによる裁判で、大事に世話した我が子を奪われたのです。

裁判官や調査官に賠償請求してもいいくらいです。

もう、あんなくだらない裁判所に関わり合いたくもないし、事実を無視して、自分の都合だけの仕事をしている裁判官や調査官に関わるだけ時間の無駄です。

もう自由に生きればいいのです。

 

ブサイク住居侵入の「嘘をついても裁判所が認めれば法律の正義です」なんてふざけた言葉は忘れていい。

大村泰平裁判官の「別居に際して母親が子を連れて家を出たに過ぎず」という判決も忘れていい。

林衆調査官が調査報告書に書いた「幼児が自宅を怖がって泣いた」なんて捏造発言も忘れればいい。

今里貴憲調査官の「カウンセリングなんて効果ないですよね」と笑った顔も忘れればいい。

柿本恵理子調査官の「神様が決めました」も原島麻由裁判官の「すみません。二度と言いません」もすべて忘れればいい。

地獄の家庭裁判所、現代の魔女裁判なんて、すべて忘れて自由に楽しく生きればいい。

 

この腐った国家で、適当に自由に生きればいいのです。

あの家庭裁判所の地獄を経験した人は、すべての苦しみを忘れて、自由に楽しく生きる権利があると思います。

 

神代崇司

大村泰平裁判官、林衆太調査官、今里貴憲調査官、原島麻由裁判官、柿本恵理子調査官。

年を経るごとに記憶があいまいになっていく。

狂人との結婚生活の地獄、嘘にまみれ、幼児の声も育児の事実も無視して進んでいく狂気の魔女裁判。

すべてが恐怖に満ちた時間だったのにも関わらず、少しずつ記憶から消えて、遠い過去になっていく。

娘と引き離される前に、一生分の自分の時間を娘のために使おうと決めて、家庭裁判所に抵抗して、娘を守り続けた時間。

それさえも、少しずつ遠い記憶の彼方へと消えていく。

ごめんね、大村泰平裁判官。

あの時は、娘の思いを守るために必死で、裁判所の決定に従えなかった。

あの住居侵入ブサイクが言っていた「嘘をついても裁判所が認めれば法律の正義です」という愚にもつかないアホ台詞、その後に続く強制執行も日々も遠い昔。

大村泰平裁判官の「別居に際して母親が子を連れて家を出たに過ぎず」の判決文も、もう過去の話。

もう忘れよう、いや許さないという二つの思いが今も続く。

家庭裁判所の危険性を世の中に伝え続けると決めたことは今も忘れていない。

だから、もう一度備忘録のつもりで、ここに記しておこう。

そして、下記が娘と私の最後の日々。

忘れがたい、忘れたくない、忘れてはいけない思い出。

世の中に、これだけは伝え残しておきたい。