伊藤さんは、当時、米セブンーイレブン
を経営していたサウスランド社との交渉は難しい、
と考えていたようです。ところが、現会長で当時、
取締役だった鈴木敏文さんが交渉をまとめました。
その後は、皆さんがよくご存知のとおりです。
この話には、ダイエーがセブンーイレブン
を経営していたかもしれないという、
エピソードがあります。
最初、セブンーイレブンの営業権譲渡の話は、
ダイエーの中内功さんに持ち込まれたそうです。
ところが、中内さんは断ったそうです。それで、
次にヨーカ堂に話が回ってきたということです。
日本国内でのセブンーイレブンの成功を見て、
中内さんは同じコンビニのローソンを経営すること
になったのです。
歴史に「もしも」はありませんが、節目節目で
後世から見ると、「あの時やっておけば・・・」
ということはありますね!
少数多頻度の現在の配送システムの確立には
大変な苦労がありました。追い風になったのは
その後の情報革命の急進展です。コンピュータ
ーの普及で、商品の受発注がオンライン処理
されるようになり、セブンーイレブン自身が
最大の推進役となったバーコードの普及と重なっ
て、商品の単品管理ができるようになったこと
が決め手です。
(P.111)
(016-1-0-000-217)
不安でならなかったコンビニエンスストアの
新事業が、「これでもう大丈夫」と安心できた
のは、1974年(昭和49年)の一号店から
2年後に、百店を超えた時です。
(P.112)
(017-1-0-000-218)
セブンーイレブンは利益でヨーカ堂を追い抜き、
株式の時価総額でもヨーカ堂を凌駕します。
セブンーイレブンのないヨーカ堂は考えられ
ません。
(P.112)
(018-1-0-000-219)
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