©️宝塚歌劇団
縣千 忘れられた天才を熱演、雪組公演「FORMOSA!!」開幕
雪組の人気スター、縣千主演による西洋奇譚「FORMOSA!!」―空想世界の歩き方-(熊倉飛鳥作、演出)が2日から大阪・梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで開幕している。
18世紀初頭、イギリスで大ブームになったという「台湾誌」の著者ジョルジュ・サルマナザールの奇想天外な半生を描いた伝奇ロマン。
舞台はヒロインのシェリル(音彩唯)が、主人公ジョルジュの夢多き少年時代を回想するシーンから始まる。おとぎ話が大好きだったジョルジュの人格形成が語られる重要なシーンだ。続くプロローグはジョルジュのホラ話。革命家メリヤンダノー(咲城けい)が皇帝(風立にき)を暗殺するという架空の国フォルモサのクーデター騒動だ。ジョルジュは、実際にあったことのように話して詐欺の疑いで取り調べを受けるはめに。しかし、ジョルジュのホラ話に興味を持ったイギリス国教会の牧師イネス(華世京)は、ジョルジュにとんでもない詐欺計画を持ち掛け一獲千金を狙う。物語の本筋はイネスが天文学者ハリー(蒼波黎也)にジョルジュとの出会いから回想するという形で展開していく。
フォルモサは台湾の事をさすが、タイや中国をミックスしたオリエンタルな雰囲気。当時のイギリス人が東洋に抱いていた感覚を表現した不思議な世界が繰り広げられる。
ジョルジュはイネスの策略通り、ホラ話を語り続けて時代の寵児となりロンドン主教(天月翼)に謁見するまでになるが、後半はそんな偽りの自分に迷いを感じ始めていく。
東上初主演となった縣は、嘘つきが自分のついた嘘にがんじがらめになっていく主人公を膨大なセリフを駆使しながら熱っぽく演じる。ただ、あまり感情移入しにくく魅力的な男性像ではないのが残念。熊倉氏が描く人物像は「ベアタ・ベアトリクス」も「ゴールデンデッドシーレ」も破滅型が多くこれも同様だが空想する自由を取り戻すラストに救いがあるのがこれまでとは違い縣の明るい笑顔とともにすっきりした気分になれる。
ヒロインの音彩が演じるシェリルは、そんなジョルジュ唯一の理解者。ひときわ目立つ美貌と歌の巧さで定評のある音彩、今作もそれはいかんなく発揮していて魅力的だが、縣ジョルジュと心を通わせるほのかなシーンはあるものの甘いラブシーンまではいかず、やや消化不良気味。
劇団一押しの若手、華世が演じたイネスは、主人公を翻弄するカギを握る大役。小顔のイケメンタイプで歌、ダンス、芝居といずれも安定感があって申し分ないできばえ。若者特有の押しの強さはうまく出しているがこれに悪の色気のようなものがだせれば鬼に金棒。とはいえほぼ準主役の比重でスキのない好演だった。
ほかではシェリルの父親でジョルジュのホラ話を見抜くオリバーを演じた久城あす、天文学者ハレー役の蒼波がしっかりと脇を締めて印象的。架空の革命家メリヤンダノーに扮した咲城は役作りの難しさを超えて豪華な衣装による存在感で魅せた。
当時、イギリス人が誰も知らなかった極東の果てフォルモサ(台湾)のホラ話騒動を通して、瞬時に世界中に情報が伝わる現代のSNS社会に対するアンチテーゼになっているところはなかなか面白い視点だと思ったが、ホラ話の部分が分かりにくく宝塚の舞台としてはなんだか魔訶不思議なファンタジーだった。
©宝塚歌劇支局プラス12月5日記 薮下哲司