彩風咲奈主演、和希そらサヨナラ、雪組「ボイルド・ドイル・オン・ザ・トイル・トレイル」感涙の初日

 

宙組生の不幸な出来事以来、休演が続いていた大劇場が121、彩風咲奈を中心とする雪組公演、ハッピー・ニュー・ミュージカル「ボイルド・ドイル・オン・ザ・トイル・トレイル」(生田大和作、演出)とウィンター・スぺクタキュラー「FROZEN HOLIDAY」(野口幸作作、演出)で二か月ぶりに公演再開した。前者は名探偵シャーロックホームズの生みの親コナン・ドイルを主人公にしたミュージカルコメディ、後者は雪組100年を記念した豪華なレビュー。

 

宝塚を取り巻く環境は厳しく、まだ解決の糸口も見出せない中見切り発車した形の公演初日。花の道にはテレビ各局はじめマスコミが大集合、ロビーには阪急社員が総出で警戒に当たるなど厳戒態勢のなか、定刻きっかりこの日から新理事長に就任した村上浩爾氏が壇上に立ち「ご心配をかけておりますが、本日より再開いたします。雪組生の頑張りになにとぞご支援のほどを」などと挨拶、満員の客席からは拍手が起こったものの反応は複雑だった。

 

新理事長の挨拶の後の彩風の開幕アナウンスは対照的に大きな拍手、開幕した「ボイルド‐」は「疲れ果てたドイルによって達成された大変な仕事」という意味だそうで「好きなことで生きていく難しさ」を象徴しているらしい医師であり売れない作家でもあるコナン・ドイルが、降霊術のおかげでシャーロック・ホームズと出会い、ホームズの助けを借りて人気作家になるが、本来自分が書きたかったものとは異なるので作品中でホームズを殺してしまい大騒動になるというお話。生田氏の宙組公演「シャーロック・ホームズ」と表裏のような作品で、楽屋オチのようなギャグがふんだにあってそういう意味ではおおいに楽しめるが、肝心のドイルとホームズの関係性に思ったほどの一体感がなく、作品としての面白みないのが致命傷。時節柄、暗くないのだけが救いだった。

 

とはいえ、ひげをつけたドイル役の彩風が、なんとも言えず愛嬌があってみているこちらもついつい頬がゆるむおかしさ。何度書き直しても封も切らず返送されてくる原稿にべそをかく売れない作家時代のドイルには思わず身につまされた。男役として充実期にある彩風の魅力をたっぷり味あわせてくれた

 

ホームズ役の朝美絢は、ドイルの救世主的役どころで開幕30分後くらいから登場。彩風ドイルを「ワトソン君」と呼び、背中を押していく。おなじみのホームズスタイルが朝美によく似合った。

 

突然の退団発表でファンを驚かせた和希そらはドイルが原稿を持ち込む出版社の編集長ハーバード役。冒頭の編集部の場面でいきなり和希の見せ場があって、余裕たっぷりの歌と芝居をみているとこれで退団は本当に惜しい。後半、ホームズ連載打ち切りが決まり和希編集長が「本日限りで退職させていただきます」というと音彩唯はじめ編集部員が「ダメです。やめないで!」と迫るシーンが用意されなど和希退団を惜し場面があるのも異例のことだった。

 

娘役トップの夢白あやはドイルの妻ルイー役。売れない時代のドイルを影ながら支える気丈な妻役を闊達に演じた。ラストにちょっとした仕掛けがあってハッピーな後味に貢献した。

 

縣千のインチキな降霊術師メイヤー教授、ドイルが暴漢から助けたことでホームズとの出会いのきっかけを作るバルフォア卿の華世京の二人がそのほかの主な役。縣の個性的な役作りが面白かったが、前回の宙組公演「パガド」と被るシチュエーションだったのはいかがなものか。このあたりの連携も考慮の必要あり。一度聞いただけでは絶対覚えられないタイトルもなんとかしてほしいものだ。

 

 「FROZEN HOLIDAY」は雪組100年をテーマにしたショーで、100周年を迎えた「FROZEN HOTEL」を舞台に彩風扮する支配人が100年に一度咲くという雪の花の開花を見るために集まってきたエンターテナーたちをもてなすというコンセプトで華やかに展開していく。クリスマスから新年へと移り行き、クリスマスソングやハッピーニューイヤーソングなど耳なじみのある曲が次から次へと登場、フランク・ワイルドホーン作曲の新曲「SNOW FLOUR WILL BLOOM」で最高潮となる。雪にふさわしい白が基本カラーでサンタクロースの赤がアクセントになる目に鮮やかなゴージャスなショー。

 

 招かれたエンターテナーたちは紀城ゆりや、華世京、音彩唯、華純沙那のクック&ガール、諏訪さき、野々花ひまり、眞ノ宮るい、咲城けいの連獅子チーム、縣千を中心とするDJチーム、和希そらを中心とするゴスペルチーム、そして朝美絢を中心とするサンタチームのめんめん。これに夢白ふんする運命の女性AYAが加わって彩風と絡む。

 

朝美、和希、縣とそれぞれの個性を生かしたエンターテナーぶりが楽しめ、ここでも和希の滑らかな歌が耳に心地よかった。「ありがとう愛してくれた人」など退団を意識した歌詞もあって和希の退団をだぶらせていた。諏訪を中心とする連獅子チームも異色で目を引いた。諏訪と野々花は早変わりで「赤鼻のトナカイ」の銀橋デュエットでも登場、彩風、夢白の幻想的なクリスマスデュエットにつないだ

 

彩風を中心としたネオジャパネスクのニューイヤーズホリディの華やかな中詰めのあとクライマックスのワイルドホーンの新曲の場面、中央の雪の花に抜擢されたのは苑利光輝(えんり・こうき)。108期の男役だった。

 

フィナーレも彩風と夢白ではなく彩風と和希とのダンスデュエットがあるなどここでも和希のための異例のステージングだったが、これがなかなか見もので、和希のラストステージに華を添えた。

 

カーテンコールであいさつに立った彩風は「きょうまでお客様が待っていてくださったこと、初日からこんなにたくさんのお客様に来て頂けて、心から感謝の気持ちでいっぱいです」とまずお礼の言葉を述べると客席から大きな拍手。「12月の」と続けようとしたが感極まったのか絶句。客席から「頑張って」の声がとび、我に返ったかのようにしばらく間をおいて「この気持ちを皆様にお返しできるようお客様おひとりおひとりのために愛する雪組のみんなと駆け抜けたいと思います」と感謝の言葉をつづけた

 

鳴りやまない拍手の後、2回、3回とカーテンコールが続き、客席総立ちの拍手の中「皆様の温かいお気持ちは舞台上にも伝わっております。笑顔で過ごせること、何よりも宝物だと思っております。明日も明後日も心を込めて舞台を務めてまいります」などとあいさつ。4度目のカーテンコールで「お客様はいつも一緒にいてくださっただなあと心から感じています」と感無量の表情を見せた。客席のファンはこの言葉に号泣、感動的な初日風景を繰り広げた。

 

舞台に立つ雪組生の笑顔弾ける明るい表情を見ていると、彼女たちには過重業務で苦しいということはないのではと思ってしまう。自分の一番輝く姿を観客に見てもらうためには過酷な自主稽古もいとわない。ただその頑張りに劇団は甘えてはいけないとつくづく思った。休演の一禾あおの代役は芝居、ショーとも紀城ゆりやが演じていて頑張っていたが、その不在がなんとも辛く悲しかった。

 

©宝塚歌劇支局プラス121日記 薮下哲司