©️宝塚歌劇団

和希そら、難役、忠兵衛を熱演「心中・恋の大和路」開幕

宙組から雪組に組替え、人気急上昇中の実力派和希そら初の東上主演作となったミュージカル「心中・恋の大和路」(菅沼潤脚本、谷正純演出)が20日、梅田芸術劇場シアタードラマシティで開幕した。

瀬戸内美八、剣幸、汐風幸、そして壮一帆とその時々の芝居巧者が演じてきた近松門左衛門原作「冥土の飛脚」宝塚版の主人公、亀屋忠兵衛に若き実力派、和希が挑むとあって期待の一作。相手役の梅川を演じた夢白あや、八右衛門の凪七瑠海も含めて宙組出身者トリオが雪組で遭遇して実現という奇跡の舞台となった。

初演当時、演劇界の話題となっていた蜷川幸雄演出の舞台「近松心中物語」や篠田正浩監督の映画「心中天網島」といった近松を現代化演出した舞台や映画に少なからず影響されているとはいうものの、墨絵を基調とした大橋泰弘氏の白と黒のシンプルな装置、ロックを主体とした𠮷崎憲治氏の主題歌、宿衆や飛脚、しじみ売りの動きをダンス化した松本尚女氏ほかの振付など、いまみても斬新な構成。プロローグの黒づくめの飛脚たちのスタイリッシュなダンスからクライマックスの舞台全体を白い布で覆った雪山の世界まで、浄瑠璃の世界をモダンなレビューとして成立させたところが見事だ。

ストーリーはおおむね原作に忠実、歌舞伎の「恋飛脚大和往来」では、忠兵衛の友人、八右衛門は徹底的に敵役として描いているが、宝塚版は原作通り親友想いの人情家として描き、心中物に男同士の友情を加えて宝塚にふさわしい展開、その後の宝塚の作劇にも少なからず影響しているようだ。

眼目の和希忠兵衛は、好きな女のためにすべてを棒に振る、誰からも同情の余地のないだらしのない男を取り立てて格好をつけて演じるというのではなく、終始自然体で演じぬいた。あっさりとしすぎて物足りないという人もあるかもしれないが、和希らしい潔さ。歌舞伎的様式美をそぎ落とした宝塚の新しい忠兵衛像を作り上げたといっていいだろう。

梅川の夢白は、忠兵衛を慕う心根の優しさなど内面的な演技とともにそのはかなげな風情がなんとも愛おしく、かもん太夫送別の宴で酔っ払ってからむくだりや、後半の道行から孫右衛門(汝鳥伶)の下駄の鼻緒を繕う場面など真に迫ってなかなか見せた。

一方、この舞台で一番のもうけ役ともいうべき八右衛門は専科から凪七瑠海が参加した。忠兵衛の廓狂いをいさめようとして大芝居をうつのだが、それを忠兵衛に聞かれてしまい逆効果になってしまう。親友思いの問屋仲間を丁寧に心込めて演じた。前回、未涼亜希が演じたときにセリフのイントネーションがやや標準語に偏っていて違和感があったのだが、今回の凪七も同じだった。全体が船場言葉なので八右衛門のセリフも統一してほしかった。初演どおりだとしたら、ここはきちんとした大阪弁に変えてもいいのではないかと思った。


一方、初演は手代与平役の大浦みずきが歌ったクライマックスの「この世にただ一つ」のソロは前回から八右衛門が歌うことになり今回も凪七が熱唱、雪山の名場面を盛り上げた。

槌屋の花魁かもん太夫は妃華ゆきのが扮し、梅川の先輩格という艶やかな存在感を豪華な衣装に負けず立派に務めあげた。前回の公演にも出演しているだけに体が馴染んでいるようだった。前回の雪組公演に出演していたのは妃華のほか孫右衛門の汝鳥と槌屋の女将お清の愛すみれの3人。愛は前回、忠三郎の女房おかねを演じ早口言葉が見事だった。今回も槌屋女将を好演している。

その汝鳥は言わずもがなの名演。さすがの貫禄で場面を締めた。若手男役の出世役、手代与平は諏訪さきが演じ、実直で真面目な奉公人をさわやかに演じた。短いソロも印象的。彼女の「この世にただ一つ」も聴いてみたかった。ほかに亀屋の番頭伊兵衛の真那春人が達者な演技で脇を締めた。

二幕冒頭、お尋ね者となった梅川忠兵衛を追う飛脚屋たちが飴屋や古手買いに変装、歌とダンスで道行をする下りがユニーク。ここで悠真倫らが本領発揮するが、飴屋に扮して飴売りの歌をラップ風に歌った一禾あおも抜群だった。

いずれにしても8年ぶりの再演を和希、夢白という清新なコンビで実現できたこと自体が奇跡的な公演といっていいだろう。

©宝塚歌劇支局プラス7月20日 藪下哲司記