©️宝塚歌劇団
朝美絢主演、雪組バウ公演「ほんものの魔法使」開幕
雪組の人気スター、朝美絢が主演するロマンス「ほんものの魔法使」(木村信司脚本、演出)が、21日、宝塚バウホールで開幕した。ファンタジー作家ポール・ギャリコ原作の人気小説の舞台化で、朝美が無垢な心を持つ魔術師の青年に扮して本来の妖精的な魅力を存分に発揮している。
原作者のポール・ギャリコといえば「スノーグース」など猫や動物に託して鋭い風刺を効かせる作家として有名。「ほんものの魔法使」は晩年の1966年に発表したファンタジー小説で、魔法使いの青年アダム(朝美)が愛犬モプシー(縣千)とともに人間界のマジシャンの大会に出場、タネも仕掛けもない本物の魔法を使ってしまったため、マジシャンの世界が大混乱に陥る……。
原作はアダムが、人間界で出会ったジェインという少女(野々花ひまり)との温かいふれあいを中心に描きながらマジシャンの勢力争いを皮肉たっぷりに描いていて毒気たっぷりの社会派ファンタジーになっているが、宝塚版はそのあたりをさらっと描くにとどめ、青年の成長ストーリーといった感じにまとめている。原作の毒気はなくなったが、朝美は自身が一躍注目された「PUCK」新人公演のパック役の延長線上のような役どころを鮮やかなマジックも披露しながら実に楽しげに演じていてさわやかな印象を残した。稲生英介氏のユニークな装置も独特のファンタジーの世界を作り上げるのに一役買っていた。
ホリゾントに一人たたずむ後ろ姿の青年アダムが振り向きざまに歌い始めるという、カッコよさ抜群のプロローグから朝美の魅力が充満。張りのある艶やかな歌声が耳にここちよく、歌詞もクリアで一時に比べると歌唱が随分充実してきたようだ。魔術師の役なので劇中でいろんな魔術を披露、本番に弱いマジシャンのためにかごの鳥を一瞬で消してしまったり、割った卵を元通りにしたりと鮮やかなマジックを次々に成功させるのもちょっとした見ものだ。
マジシャンを夢見る娘ジェインの野々花は、「幕末太陽伝」「ファントム」の新人公演ヒロインが印象的な実力派の娘役スター。バウヒロインはこれが初めてだと思うが、名前からついつい野々すみ花を連想してしまうが、実際雰囲気もよく似ていて、初々しくも芯のある演技で朝美とのコンビがよく似合った。
アダムの愛犬モプシーという面白い役に挑戦した縣もモフモフした衣装がなんともかわいくて、役としてもかなり面白い役で好演した。ずっとぬいぐるみ風なので、フィナーレでは燕尾服で思い切りかっこよくはじけていたのも見ていて楽しかった。
臆病なマジシャン、ニニアンに抜擢された華世京(かせ・きょう)は昨年初舞台を踏んだばかりの106期の首席。芝居力が買われたようで、引っ込み思案なマジシャン役をいかにもそれらしく大役初挑戦とは思えないしっかりとした演技でさわやかに演じた。ずっと眼鏡姿で素顔がよく分からなかったのだが、フィナーレで登場したときのアイドル性豊かな愛らしさには目を見張った。今後の活躍が楽しみだ。
ほかにジェインの父親ロバート役の久城あすはじめジェインの親友ワン・メイ役の彩みちる、ジェインの兄ピーター役の壮海はるま、メフィスト役の星加梨杏などなどベテランから若手まで雪組メンバーがそれぞれ個性的に役を作りこんでいてファンタジーらしい世界観を現出させていた。
©️宝塚歌劇支局プラス 5月24日記 薮下哲司