©️宝塚歌劇団


これぞ宝塚の王道!彩風咲奈主演「炎のボレロ」待望の開幕

新型コロナ感染拡大で当初予定されていた全国ツアーが中止、8月17日から梅田芸術劇場メインホール公演として上演が決まったものの、8月に入り出演者に感染者が出て、再び公演が延期されていた彩風咲奈を中心とした雪組公演、ミュージカル・ロマン「炎のボレロ」(柴田侑宏作、中村暁演出)ネオダイナミック・ショー「Music Revolution!-New Spirit-」(中村一徳作、演出)が、29日、同劇場でようやく開幕にこぎつけた。彩風以下出演者たちの執念にも似た熱い気持ちが、32年ぶりの再演となった「炎―」に乗り移り、柴田×寺田瀧雄コンビの宝塚ロマンを見事によみがえらせた。そのわかりやすい勧善懲悪のストーリーは、初演時には大して面白いとは思わなかったのだが、世の中デジタル化して機械的になった今だからこそ、その血の通ったアナログな単純明快さが逆に突出。ショーも、ラテンあり、クラシックあり、ジャズありのバラエティーに富んだ趣向で久々に宝塚らしい舞台が堪能できた。

「炎―」は、フランスが統治していたころの19世紀中ごろのメキシコが舞台。ナポレオン3世の傀儡だったマクシミリアン皇帝の悪政は名高く、映画にも多く扱われているが、この舞台も、政府に抵抗して祖国を取り戻そうと戦う共和派の人たちの活躍を中心に描いた作品。

幕が開くと純白の衣装を着た彩風扮するアルベルトがスポットを浴びてすっくとたたずんでいる。主題歌を歌い、踊りだすと潤花扮するカテリーナが豪華なドレス姿で登場、華やかなスパニッシュデュエットを披露。引き続き朝美絢はじめ全員が次々と現れ、オープニングから宝塚ならではのきらびやかな世界が繰り広げられる。振付を全編ANJU(安寿ミラ)が担当、一貫してシャープな振りをつけているのもみどころだ。

プロローグがそのまま年に一度の太陽の祭りのダンスにリンクしていき自然にストーリーに溶け込んでいくのも見ていて心地いい。祭りに参加している若者たちが国の現状をぶつけあいながら騒いでいるところを軽くスケッチして、物語のベースをそれとなく表現するあたりも定石ではあるが、若い作者たちには勉強してほしいところだ。そこに主人公のアルベルト(彩風)が3年ぶりに故郷に帰ってくるという段取り。登場の仕方もまさに王道である。祭りには美しい娘カテリーナ(潤)がいて、お互い一目ぼれするというのも、決まり事で先が読めるのだが安心して見ていられる。

アルベルトは、大農園主だった父親を殺したブラッスール伯爵(久城あす)に復讐するために帰ってきたのだが、次の幕ではカテリーナがブラッスール伯爵の息子のローラン(叶ゆうり)の婚約者であることがわかり、この恋が「ロミオとジュリエット」であることが判明。アルベルトの復讐と障害だらけの二人の恋の行方がどうなるか、スパニッシュダンスをふんだんに盛り込んだミュージカル仕立てで情熱的に展開していく。もともとの作品が星組のトップスター、日向薫のお披露公演で、回り舞台やセリなど大劇場の機能をふんだんに駆使した舞台だったのを全国ツアー用に作り替えたため装置がやや簡素で、演出的には歌のタイミングなどでかつてよくあった大向こう狙いのわざとらしさがあるものの、二番手の朝美扮するジェラールの役どころやアルベルトとカテリーナの幻想のダンスなど、これぞ宝塚の王道というべき押し出しの強さに圧倒される一時間半だった。クライマックスの力業の意外な結末も納得できた。「ベサメムーチョ」など耳なじみのあるラテンに加え何度も歌詞を変えて出演者が歌い継ぐ主題歌がまた素晴らしい。

主演を演じた彩風は、早くから新人公演の主演に抜擢されるなど期待の星だったが、このところめきめきと力をつけ、華やかな個性のなかにも地に足のついた落ち着きのようなものも感じられセンターがよく似合った。どんな場面でも彼女が登場するとパッと明るくなるようなオーラが感じられるようになったのが頼もしい。歌唱も素直でくせがないので聞きやすい。ただ、それだけに聴かせどころのインパクトに欠けるところがあるので、もっと強弱のメリハリをつければさらに大きく見せることができるだろう。

相手役は、この公演を最後に宙組に組替えが決まっている潤花。彼女が演じたカテリーナは初演では歌唱に秀でた南風まいが演じた役で非常に印象深かったが、今回は歌がカットされるなど出番はやや控えめ。しかし見せ場はたっぷりあり、彩風とのコンビぶりも歌にダンスによく息があっていて雪組でのラストに華を添えた。次期娘役トップ候補の一人として、早くから新人公演やバウ公演で大きな役に起用されており、今回の組替えは誰に聞いても「意外」の一言。しかも組替えする宙組には有望な娘役が指折り数えるほどいるので余計だ。ヒロインとしての華のようなものが身についてきた矢先だけに、今後の宙組でも十分な活躍を大いに期待したい。

初演で紫苑ゆうが演じ好評だったジェラールに扮したのが朝美。冒頭から紺の軍服姿で踊りまくり存在を大きくアピール。役どころもアルベルト逮捕に執念を燃やす情報部の大尉。「レ・ミゼラブル」のジャベールを思わせるうえに白血病で余命いくばくもないという爆弾をかかえている。だまっていても存在感のある朝美にはこれ以上ないというくらいのおいしい役。いくらでも濃くつくれる役だが意外とあっさりと作りこみ、それが逆にクールで好感が持てた。


その朝美の恋人役モニカは彩みちる。初演では毬藻えりが演じた役で酒場の歌姫という役どころ。赤いドレスがよく似合い、お嬢さん育ちのカテリーナとは対照的な色っぽい感じをよく出していた。アルベルトの隠れ家をジェラールに教えるというところで物語に大きくかかわる。準ヒロインといった大きな役だ。

この4人が主要な登場人物だが、物語のかなめであるアルベルトの仇敵である官房長官ブラッスール公爵に扮した久城あすの見事な悪役ぶりを忘れてはならない。ややオーバー気味に抑揚をつけたセリフ回しといい、息子の婚約者にといいながら実は自分がカテリーナを気に入っている感じを嫌味なくさらりと出してしまうあたりなかなか。久城の存在が芝居を大きく膨らませたといっていいだろう。

 若手では共和派のリーダー、フラミンゴの縣千、カテリーナの婚約者ローランの叶ゆうりといったところが目立つ役で、あと真那春人が演じたフランス政府のお目付け役タイロンあたりが印象深い。

伴演のショー「Music-」は、昨年「壬生義士伝」とカップリングで上演された音楽をテーマにした作品。その後、全国ツアーで再演され、今回で三度目の上演。基本的な構成は変わらないが、望海風斗のところに彩風が、永久輝せあが演じたところを縣が担当するといった具合の役替わりが楽しめる。

大きく変わったのはプロローグ後がスペインからキューバに変わり、そのあとのジャズの場面が朝美を中心としたブエノスアイレスの場面に、さらに中詰めのあとの「ニュースピリット」の場面は、もともと大劇場で彩風がプロローグ後に担当したジャズの場面を再現した形になっている。箱は同じなのだが中身の具がかなり入れ替わった新しいレビュー定食といった趣。

いじった分だけまとまりがなくなった印象はあるが、彩風を中心に望海、真彩退団後の雪組の未来図をなんとなく想像させるエネルギッシュなショーだった。と、ここまできて彩凪翔の不在に気づいた。彼女は望海風斗のコンサートに出演、さらに宝塚ホテルでのディナショーが用意されての不在だが、ディナーショーはコロナ禍のため無観客のライブ配信になるという。そんなことならこの公演にもゲストでもいいから一曲くらい歌わせてあげたらよかったのにと思ったのは私だけだろうか。4か月間たまりにたまったエネルギーを発散させた雪組メンバーを見ていて、無理を承知でふとそんなことも頭をよぎったのだった。

初日後のカーテンコールで彩風が「関係者の方の大変な努力の末、この日が迎えられました。本当に感謝にたえません」と汗と涙を一杯ためてあいさつすると、出演者も客席のファンも感極まって涙、涙。ようやく開幕できたうれしさを全員がかみしめていた。歌よしダンスよしビジュアルよし、そのうえ明るくさわやかな彩風の人柄はここでも最大限に発揮された。2021年の宝塚の希望の星となって大いに輝いてくれることを期待したい。

©宝塚歌劇支局プラス8月29日記 薮下哲司