望海風斗、孤高の新選組隊士を熱演、幕末ロマン「壬生義士伝」開幕

 

雪組トップスター、望海風斗が異色の新選組隊士・吉村貫一郎に扮して熱演する雪組公演、幕末ロマン「壬生義士伝」(石田昌也脚本、演出)と音楽の力をテーマにしたダイナミック・ショー「Music Revolution」(中村一徳作、演出)が、31日、宝塚大劇場で開幕した。

 

「壬生―」は、「王妃の館」の浅田次郎原作による、幕末に活躍した新選組で一番強かった男といわれる吉村貫一郎の生きざまを描いた時代小説。2002年に渡辺謙主演でドラマ化、2003年には中井貴一主演で映画化され、今回が初の舞台化となった。舞台は、彼の死後、明治になって軍医となった松本良順(凪七瑠海)と警視庁警部補となった新選組隊士の生き残り、斎藤一(朝美絢)らが彼の人となりを語り合いながら回想していくという展開。

 

東北の下級武士、吉村貫一郎(望海)は、文武両道のつわものだったが貧困にあえぎ、妻、しづ(真彩希帆)が幼子と無理心中未遂を起こしたことが原因で脱藩、家族のために新選組に入隊、人を斬った俸給を仕送りして家計を助けた異色の“出稼ぎ”隊士。自分の家族を守るために他人を殺めていいのか、作品を流れる根本的な世界観に疑問を禁じ得ないので、宝塚で舞台化すると聞いた時からあまり期待はしていなかったのだが、案の定、まったく感情移入できず1時間半が過ぎた。あくまで個人の考えなので了承願いたい。

 

錦の御旗で人斬りを続けた貫一郎だが、時代が変わり新選組が賊軍となり、鳥羽伏見の戦いで深手を負い最期を迎える。思うようにならない一途な男の人生のせつなさはよく描かれていて、クライマックスは号泣の嵐、なかでも脱藩してから結局一度も家族には会えずじまいだったというところに客席を埋めたファンは涙腺を刺激されていたようだ。

 

長い原作を一時間半に要領よくまとめた脚本は石田氏のさすがの力業だが、回想形式で展開するため途中何度もストーリーが分断されるのが難点。舞台は明治18年、鹿鳴館で舞踏会が開かれることになりそのダンスの稽古場面から始まる。なれないドレスに四苦八苦の芸者や女学生たちのコミカルな場面で新しい時代の夜明けを印象付ける段取りだが、これから始まる貫一郎の生涯との有機的な関連性がなく、全体のバランスから見てもなくてもいいように思った。

 

ドタバタ騒ぎの後、回想で望海扮する貫一郎が上手セリから登場し、ようやく本筋に入る。しかし、貫一郎が脱藩を決意して京に上るまでの序盤部分の描写がまだるっこくて、人物関係もわかりにくい。舞台が京都に移ってから、ようやくテンポがでてきて、物語が転がりはじめる。新選組メンバーの男役陣のはつらつとした演技に負うところも大きい。

 

ドラマの芯となるのは望海扮する貫一郎と真彩扮する妻、しづの愛、そして彩風咲奈扮する幼馴染の大野次郎右衛門との男の友情で、「誠の群像」に「星逢一夜」をミックスしたような話といえば分かりやすいかも。特に次郎右衛門とのラストの絡みは彩風の好演もあってなかなかに盛り上がった。

 

望海は、家族のためという己の義を貫いた貫一郎という人物をぶれずに迷いなくストレートに熱演。盟友の切腹の介錯を頼まれ、見事、勤めを果たして、俸給をねだるくだりはその最たるもの。家族を思う気持ちの強さが望海の素直な演技からにじみ出ていた。歌唱の充実はさらに増し、腰の据わった殺陣の鋭さもさすがで、終始安定感があった。

 

真彩は、貫一郎の愛妻しづと貫一郎が京都に出てきてから出会うしづにそっくりの両替商・鍵屋の娘、みよの二役。しづの出番が前半のみで後半にほとんどないことから苦肉の策だが、真彩がどちらも好演している。貫一郎のしづへの思いの深さをそっくりの女性という形であらわした脚本が効果的だった。

 

大野次郎右衛門に扮した彩風も出番はそう多くないのだが、男役としての存在感が見違えるばかりに大きくなり、歌唱の著しい成長もあって、望海を相手に堂々とした演技で渡り合った。二番手男役として今が一番の充実期ではないかと思う。

 

新選組メンバーは近藤勇が真那春人。土方歳三が彩凪翔。斎藤一が朝美絢、沖田総司が永久輝せあといったところがメイン。なかでは朝美が幕末、明治と両時代ともに登場、貫一郎と拮抗するくせのある役を、鋭い目つきで演じぬき、印象に残った。

 

専科から特別出演した凪七瑠海は、新選組お抱えの医師で明治新政府になってからは軍医となった松本良順役。物語は松本の回想で展開するという形をとっていてわかりやすく説明する。その語り口が新選組メンバーをいとおしむような包容力にあふれ松本自身の人となりをうかがわせた。なかなかの難役を凪七が空気感をよく読んで控えめに演じていて好感が持てた。

 

新選組メンバーは小川信太郎の久城あすはじめ近藤勇の長男の周平を演じた眞ノ宮るい、池波六三郎の縣千などそれぞれにワンポイントの見せ場がある。奏乃はると演じる谷三十郎のキャラクターの造形も面白かった。

 

貫一郎の生きざまには共感できなかったが、明治時代に大野次郎右衛門の息子、千秋の綾凰華と貫一郎の娘、みつの朝月希和が夫婦として登場、二人のさわやかなカップルぶりが、人の不思議な縁を感じさせて心が和まされた。

 

一方「Music-」は、レビューの定番通りの展開ながら、場面ごとの工夫がスマートで音楽の選曲もしゃれていて安心して楽しめた。なかでも色づかいがユニークで、黒一色のモノトーンによるプロローグから始まり、徐々に色がつき、中詰めでカラフルな極彩色になり、その後に白一色、そして白に色がにじむように少しずつついていって最期は再び赤と黒の世界になる。計算された配色が心憎かった。

 

望海が舞台中央の大ぜりのうえに板付きで登場、その下から彩風ら男役陣が次々に現れ、大ぜりが回転しながら沈んでくると、バックのカーテンが振り落とされて娘役が現れる。なかなか凝ったオープニングでそれだけでうきたった。

 

場面変わって「Jazz Sensation」(ブライアント・ボールドウィン振付)の彩風のダンサーぶりがまた素晴らしい。ニューオリンズからニューヨークに舞台が移ってからも、即興演奏のように思い思いにまとまりなく踊っているように見せて、一瞬で計算された美しいフォーメーションになってポーズをとるあたりの呼吸が何ともいえない快感。

 

一転、クラシックの場面でも音楽がどんどん転調していき「威風堂々」で華やかに中詰め、パッヘルベルの「カノン」をロックアレンジした「Dance Revolution!」では永久輝を中心に若手が弾んだ。

 

望海以下出演者全員が純白の衣装で登場、望海が大曲「Music is My Life」を歌い上げるクライマックスも聞かせどころだ。

 

凪七はもちろん朝美、縣、綾凰華にもソロの場面をきちんと振り分けるなど行き届いた心配りもあって誰が見てもカタルシスが味わえる。

 

素材も皿も同じなのにシェフのさじ加減でこんなにもおいしくなるという見本みたいなレビュー定食だった。じっくりと吟味して味わわれよ。

 

©宝塚歌劇支局プラス6月2日記 薮下哲司