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宝塚発達心理ラボのラボ子です。
来月、大学の先生の教育相談があって、該当する生徒さんの資料を作っていました。不登校の相談です。
主訴を書くときに、「私はこの子に何を求めているんだろう」「どんな人生を歩んでほしいと思っているのだろう」とふと考えてしまいました。
自分の立ち位置が学校なので、当然「学校に登校してほしい」的な主訴を用意しましたが、本音のところでは、「家ではご機嫌にしているし、友だちも学校以外にいるし、表情もいいし、あせらずじっくり内面の成熟を待ちたい。本人も色々悩んで考えているようだし。」とも思っているのです。もちろんほったらかしはダメですが。
学校にいると、「不登校=悪」という考えに毒されそうになります。基本的な考え方は「ひきこもりなんてとんでもない!」です。「働かざる者食うべからず」「勤勉は美徳」「努力は美徳」です。
でも色々な不登校の会や不登校やひきこもりの学習会に顔を出すと、また違った視点で家にいる子どもを見ることができます。人生はひとつの決まった生き方だけではない ことを教えられます。
でもそれを学校で出せない自分の弱さがあります。一生懸命されている先生を応援するしかない自分がいます。その先生も思いも十分わかるからです。実際、熱心な働きかけは一定の効果を生んでいます。
結局、たくさん学んでも、肝心の目の前の子どもにはそれを活かせていない気がします。
ラボ子のお悩みでした。読んでくださってありがとうございました。