「あなた、だれですか?」
助手席でシートベルトをあわてて締めながら、ぼくはハンドルを握っている大柄な女性にきいた。
「だれだか知りたいか?」
女性はいきなり女性らしからぬ声と態度で答えると、あごの下に左手をもっていった。ぐぅ、と音がして、あごの先端が持ち上がった。思うまもなく、べりばりと糊が剥がれるような音がして、女性の顔の表面を覆っていた顔面マスクがめくれ上がった。
女性の顔の下から現れたのは、いかつい髭面をしたスキンヘッドの男性の顔だった。ウエーブのかかった長髪のかつらともども、顔面マスクは後部座席に飛んでいった。
「おれの名はジョージだ」
「じょ、ジョージ?」
「ああ、一見おそろしげな顔をしているかもしれんが、安心しろ。おまえの味方だ」
セダンはロケットのようなスピードで、たちまち前方をいくタクシーの背後に迫っていく。すばらしいハンドルさばきだ。
「みてろよ」
いうとジョージは、腰のベルトに下げていたホルスターから拳銃を引き抜いた。運転席側の窓を全開にする。右半身を乗り出すと、拳銃を構え、立て続けに3発撃った。
タクシーの後輪のタイヤがみるまにひしゃげて灰色の煙りを上げる。同時にタクシーは大きく蛇行して、通りかかった鉄橋の欄干に火花を散らして激突すると停まった。
「ここで待ってろ」
ジョージは運転席のドアをおし開けて、路上に飛び出した。
ぼくは助手席に座ったまま、フロントガラスの向こう側で展開する光景にじっと見入るばかりだ。タクシーの運転手は運転席で気を失っているのだろうか。やがてジョージは、奪われた現金8000万円入りの黒いバッグを手に、悠々と戻ってきた。