名古屋のパーソナリティ宮地佑紀生さんの訃報には驚きました。
ラジオも聞いてましたし寿がきやのテレビCMは印象に残ってます。
今日のCBCラジオ『つボイノリオの聞けば聞くほど』では
つボイさんが思い出を語ってくれました。
亡くなる前日にもメールを送っていたと。
骨髄異形成症候群と戦いながら仕事を続けるもついにという感じです。
宮地さんの声はラジオからいつものように聞こえてくる声という印象で
訃報にはただただ驚きで、言葉が出ない感覚です。
若い頃やっていたバンド「無有」(ムウ)のファーストアルバム。
この他にもシングル盤も出していて、当時は結構名古屋で人気のあるバンドでした。
当時宮地さんは深夜放送のパーソナリティもされていて
ワタシも良く聞いておりました。
朝はテレビの生放送に出演し、午後はラジオで奥様向けの番組でしゃべるという
そんな宮地さんでした。
そしてアルバム「無有Ⅰ」はA面が無有のオリジナル曲で
ほとんどが宮地さんの作詞作曲。
そしてB面はお友達コーナーということで
B1、B2は財津和夫さんの作詞・作曲
B5は山本コータローさん、このあたりからして当時の名古屋の
音楽状況が盛んだったことをうかがい知る事ができます。
A1 一人ぼっちでコンサート
A2 ちょっと遅れて
A3 好きなんだってさ
A4 夢見る孤独
A5 エーネー
A6 風が匂ふ街
B1 オケケラ・ダンス
B2 東京列車
B3 厳冬春歌
B4 今年の冬は早く
B5 100m道路右か左
B6 あなたにとどけたい
デビューシングルは「愛がほしい/名古屋っ子」
いずれの曲も作詞作曲は宮地佑紀生さん。
「愛がほしい」はこの当時のロックというか「グループ・サウンズ」
最後の「あーいがほしい」のリフのギターが今聞くと渋くてしびれる。
「名古屋っ子」は完全にフリフリサウンドの「60年代グループ・サウンズ」
短めの曲だけどカッコ良すぎ(^^♪
最後に
宮地佑紀生さん
ありがとうございました
ご冥福をお祈り申し上げます


