私の心の整理とのために書きました

 

以下は楽しい話ではないので、

読みたくない方はここで退場されてください。

 

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エリザベス女王と同じ日に、母は天国へ旅立ちました。

 

2019年秋に、母は父のお見舞いに来ていた病院で転倒し骨折

救急車でT病院に運ばれ人工股関節の手術を受けました。

介護の始まりでした。

 

母は私を出産して以来、

歯医者以外はまったく病院にかかったことが無く、

出産以来の入院。

 

入院中は毎日母の好きなコーヒーや焼き芋を差し入れ。

毎日のように母と一緒にコーヒーとお菓子を病室で楽しみました。

病院内にタリーズコーヒーがあったので良かったです。

幸せなひと時でした。

 

入院中は「もう退院する!」と大騒ぎ。

看護婦さんや私やお医者さんにまで食って掛かっていました。

一か月ほどで半ば強引に退院。

入院中のリハビリのおかげか、

入院前よりも歩き方がしっかりとしていて、ホッとしましたっけ。

 

でも日に日によろよろとなり、翌年にまた転倒、

腰を圧迫骨折。H病院のお世話に。

コロナが始まっていて、週に一度だけ病室に行って会えました。

 

退院後は週に二回デイケアに通うように。

リハビリと昼食とお風呂に入れてもらっていました。

母がデイケアから帰ってくる時間に実家に行ってお出迎え。

私が出迎えると、母が本当に嬉しそうな顔をしてましたっけ。

いつも「ちひろの顔を見るとホッとする」と言っていました。

そして父は母の着替えを洗濯するのが日課に。

今思えば、楽しい日々でした。

 

しばらくはそのんな日々が続いたけれど、

だんだん母の転倒の回数が増え、

今度は鎖骨骨折でT病院に入院・手術。

一か月ほどで退院できましたが、だいぶ弱っていました。

 

コロナのワクチン接種に父と母を連れて行くのは大変でしたね。

母は車椅子。接種会場で「トイレ!」と言われてあたふた。

万が一を考えて母の着替えは一式持ち歩いてました。

父は耳が悪くて受付で頓珍漢なやりとり。

両方同時にケアするのは大変でしたが

今となっては懐かしい・・・。

 

母の転倒がますます増え、最悪なことに父が10m歩くだけで息切れするように。

母をトイレに連れて行くのも、倒れた母を起こすこともできなくなりました。

母をショートステイにあずかってもらい、父を日赤に連れて行くと

再生不良性貧血ということで即入院。

母は一時も目が離せない状態だったので、

ショートステイ後はH病院にあずかってもらうことに。

母は「自分が行けば、ちひろが楽になる・・・」と言って

病院に行きました。あれがお別れの始まりだった気がします。

 

その後母は老健施設にうつりました。

 

母には固定電話型の携帯電話を持たせていました。

でも、だんだん電話も使えなくなり、

なかなか話せなくなってしまいました。

 

元気な時は電話をすると

「わざわざかけてくるな、面倒くさい」

みたいな対応だったので、あまり頻繁にかけなかったのですが、

しばらくして電話を掛けると「もっと電話して」と。

あれは強がりだったのかな…。

「もっと電話して」と言われた翌日に母はコロナに感染し隔離され、

電話をしたくてもできなくなってしまいました。

もっと頻繁に電話をかけていれば良かったと後悔しています。

 

老健施設に入ってからは、父やペットの猫や私の写真に

面白いセリフやメッセージを添えて絵葉書を作り

週に二回洗濯物と一緒に母に届けました。

どれくらい見てくれていたんだろう・・・。

 

癒し係として猫のぬいぐるみも二匹派遣!

 

介護の方が言うには

母は「娘は大学の先生なの。物理の研究をしているの。チェロも弾くのよ」と

いつも私のことを、とても幸せそうな表情で介護の方に話していたそうです。

 

週一回10分間ほど面会できたので

毎週面会していましたが、再度コロナが悪化して面会が禁止に。

iPadのFacetimeでビデオ通話をしようと思いましたが、

これは許可が下りず残念。

 

Facetime は自動応答なので、相手はipadに指一本触れずにビデオ通話ができるのです。

寝たきりや認知症の高齢者の見守りにはうってつけなのです。

Facetimeのような自動応答のアプリや通話機が色々あるといいな。。。

 

自宅近くの希望の老人ホームに空きが出たと連絡があったのですが、

母が再度肺炎にかかりTK病院に入院。

ホームには待ってもらっていましたが、

一か月ほどで、結局その病院で母は亡くなりました。

 

亡くなる3時間ほど前にやっと母に直接会うことができました。

話せませんでしたが、目はあいていて、私と父を時々じっと見てたように思います。

 

母は昨年の11月から家族と一年近く離されて、

施設や病院でずっと一人で頑張って

どんなに寂しかっただろうと思います。

人生の最後に母に寂しい思いをさせてしまって、

可哀そうでなりません。

 

コロナでなければ毎日会いに行って、毎日話して、

ずっとそばにいてやれたのに・・・・。

母の寂しさを思うと、悔やんでも悔やみきれません。

しばらくは泣いてしまいそうです。

 

ここに書いて気持ちの整理をしています。

お付き合いくださりありがとうございました。