高槻成紀 ・川崎公夫 ・落合茉里奈 ・福地健太郎 ・石井敦司 ・河西 恒 ・鈴木大輔 ・千家典子 . 2025. 

日本中部のアファンの森のフクロウ Strix uralensis の繁殖と食性の長期調査. 

Strix, 41: 33-45.

 

<摘要>

本州中部のアファンの森で 2002 年以来 21 年間,フクロウの巣箱の巣立ち雛数と巣に残された動物遺体を調べた.巣立ち雛数 は 0 〜 4(平均 1.9)の幅があり,動物遺体は齧歯類が主体で,森林生のアカネズミ属と草原生のハタネズミがほぼ半々(50.8 % と 49.2 %)であった.またその割合に年変動があることがわかった.2013 年から 9 年間,コナラのドングリ結実量とアカネズミ属の数を調べたところ,正の相関があった(R2 = 0.53).ドングリ結実量,ノネズミ個体数,フクロウの食性と繁殖という複雑な関係には明瞭な関係は見出せなかったが,局面ごとには弱いながら相関があり,アファンの森のように周囲を耕作地や牧場で囲われた環境ではフクロウはこれらの変動に応じてノネズミを選択的に採食している可能性があることを指摘した.

 

<解説>

これはアファンの森のフクロウの論文で、大いに重みのある論文だと思います。これまで日本のフクロウの食性は林にすむアカネズミ類だとされてきました。ところが、私たちが八ヶ岳で調べたところ、林では確かにアカネズミ類が多かったのですが、牧場の近くではハタネズミの方が多かったのです*。英語では同じネズミをマウスmouseとラットratに分けることはよく知られていますが、実はもう1つヴォウル(vole)があり、四肢が短くコロコロした感じのネズミで、ハタネズミはvoleに属します。日本のフクロウと同種のフクロウはヨーロッパにもおり、主にvoleを食べることが知られていて、この論文で世界的に見れば、mouseを食べる日本のフクロウの方が特殊だということがわかりました(こちら)。アファンの森ではフクロウの巣立ち雛数と食べられたネズミの内訳が20年に渡って調べられており、それに加えて最近の9年間はドングリの量も調べられています。私はこれらの情報をなんとか結びつけたいと頭をひねりました。ドングリの結実には豊凶があること、豊作年の翌年にはアカネズミ類が増えることがわかっています。そうすると、ドングリの豊凶→ネズミ数→フクロウの食物内容→雛数という一連の現象に繋がりがあるかどうかの検証ができないかと考えたのです。

こういう生き物のつながりは、私が研究してきたシカと植物との関係と通底し、私がずっと心惹かれてきたことです。ニコルさんも同様で、「リンク」は私たちが共有する大切な言葉でした。

さて、このリンクを示すことは可能だろうか。ひとつひとつ取り組みました。ドングリには明らかな豊凶があり、フクロウが食べたネズミの数にも年変動がありました。またフクロウが食べたネズミもアカネズミが多い年とハタネズミが多い年がありました。これはアファンの森の周りに畑や牧場があって、ドングリが少ないと森の中でネズミが確保できなくて、周りの畑に出てハタネズミを食べることを強く示唆します。そこでドングリの数が多いとネズミが多いかを調べると、アカネズミには相関がありました(ただしハタネズミはあまり関係なし)。これは納得できます。ドングリはタンニンという有毒物質を含んでいてたくさん食べると動物には有害ですが、アカネズミは解毒能力を持っていますが、ハタネズミはそれができないことがわかっています。そのため、ドングリが多いとネズミ全体が多いかというと、「関係がないとは言えない」くらいでした。フクロウが食べたネズミが多いと雛数が多いかについては、弱いながら相関があるという結果でした。というわけで、全体としてはスパッと「ドングリが多いと雛が多くなる」とは言えないが、それぞれの局面では何とか関係が認められるという結論になりました。

私は思います。自然界で起きている極めて複雑な現象が、答えが足し算のように明快に説明できるわけはないだろうと。むしろ明快でなかった結果の方がリアリティがあるような気さえします。

ニコルさんがお元気な時に論文にできたらよかったのですが、それでも粘り強い調査で論文にできたことを、天国で喜んでくれていると思います。

 

Takatsuki, S. and Suzuki, K. 2025. 

Sexual differences in skull and femur size and body weight of raccoon dogs of Japan.  

日本のタヌキの頭骨、大腿骨サイズと体重の性差

Humans and Nature, 35: 1-5.

 

高槻成紀. 2025.

フクロウが木の実を食べた?

どうぶつと動物園, 2025 winter: 32-33.

 

高槻成紀. 2025. 

ニホンジカの増加と植生への影響の背景を長期的に捉える. 

地球環境, 30: 3-12.

 

<摘 要>

シカ (ニホンジカ)は1970年代までは生息が限定的で、その頃のシカと植生との関係の研究は特殊な現象と見られていた。しかし1990年代以降は全国的に拡大し、その影響も当初は農林業被害であったが、自然植生への影響と捉えられるようになった。シカの影響は採食による植物葉の除去によるものが大きく、植物側の反応の仕方により群落レベルで複雑な変化をもたらす。またシカの間接効果は広範に及ぶことを紹介した。シカ増加の背景となる要因を挙げたが、単独で説明できるものはなく、農山村の過疎化との同期性が強かった。長期的に見れば戦後の一次産業軽視と、長期的国土計画の欠如によるところが重大であり、野生動物と日本人の関係は今後とも更に深刻さを増すであろう。その解決には分野を超えた研究協力と、行政による総合対策の促進とマスメディアによる広報が不可欠であることを指摘した。

 

<解説>

これは「シカの増加と生物多様性の未来」というテーマの論集(前迫ゆり編)で、私には表題のようなテーマを書くように依頼がありました。私がこのテーマを研究し始めたのは1970年代で、その頃はシカを研究している人はいましたが、植生への影響を研究する人は全くいませんでした。ところが1990年代に日本中でシカが増え、今では関連の論文全てを読むのは難しいほど多くの研究がされるようになり、文字通り隔世の感を強くします。

私は「地球環境」という雑誌は知りませんでしたが、生物学関係以外の人が読む雑誌であることはわかったので、なるべく専門的な内容を避け、それがどういう意味があるかという書き方にしました。もう1つ心がけたのは、そうであるから、この雑誌に書くうえで、このテーマが社会とどう関係するかということに言及しようと思いました。その結果、最後はマスコミによる発信が必要だということに触れました。

 

高槻成紀・阿部隼人・片山歩美. 2025. 

九州北部の低山地におけるニホンジカの食性. 

哺乳類科学, 65: 1-8.  こちら

 

<解説>

宮崎県椎葉村のシカの食性についての論文を書きましたが、同じ九州大学演習林で福岡にあるものでも調査する機会がありました。そしてここでもシカの急増によって植生が貧弱化し、シカは夏でもまともに植物の葉を食べられない状況にあることがわかりました。こうなると何が「本来のシカの食性」と言えるのか疑問に感じるほどです。

 

<要約>

福岡県篠栗町の九州大学農学部附属福岡演習林において2023年2月から2024年1月までの5回,ニホンジカCervus nippon(以下シカ)の糞を採集してポイント枠法で分析した.糞組成は2月は常緑広葉樹の葉を中心に生葉が42.1%を占め,残りは繊維と稈が主体であった.4月には生葉がやや減少し,繊維が大幅に増えた(45.8%).8月になるとイネ科の葉が11.2%,稈が56.5%に増え,シカが林外で採食することを示唆した.10月には葉がやや減少し,稈が減少(12.0%)して繊維が回復(39.0%)した.またツブラジイCastanopsis cuspidataと思われるドングリとヨウシュヤマゴボウPhytolacca americanaの種子が検出された.1月には生葉が最少(16.8%)になり,不明物質(35.1%)が増加した.調査地では2010年前後にシカが急増し,植生が貧弱になっており,シカの食性はそのことを反映して植物の生育期でも生葉の占有率が23-33%に過ぎなかった.

 

Takatsuki S, Kawai T,  Tsuchiya R,  Bat-Oyun T. 2025. 

Diet of Siberian marmot in the forest-steppe zone of Mongolia: grass or forb? 

モンゴルの森林ステップ帯におけるシベリアマーモットの食性 - イネ科か双子葉草本か?

Mammal Study, in press

 

<解説>

モンゴルには20年来、毎年訪問しています。ブルガンというウランバートルから半日西に行ったところで、植生は草原に丘の上に林がある、森林ステップと呼ばれるところです。丘の斜面に所々緑が濃い塊があり、近づくとマウンドがあります。マーモットが掘ったもので、周りと明らかに違う植物が生えています。マウンドの入り口にはマーモットの糞が落ちています。これまでヨーロッパや北アメリカ、それにヒマラヤでマーモットの食べ物を調べた研究はありますが、モンゴルのシベリアマーモットでは調べられていません。

 

<摘要>

 モンゴルの森林-ステップ地帯に生息するシベリアマーモット(Marmota sibirica)の夏季の食性を、ポイント枠法を用いた糞分析によって明らかにした。調査地の1つは植生が乏しく、イネ科植物が比較的多い乾燥した斜面、もう1つは植生が豊富で双子葉植物の割合が多い緩斜面であった。マーモットの糞(各所でn = 10)を採取し、ポイント枠法で顕微鏡分析した。全体として、糞組成の60-70%を双子葉植物が占め、これは他のマーモット種と同様であった。糞組成は生息地の食物の供給量を反映しており、イネ科植物が多い乾燥した斜面では糞組成にイネ科植物が多く含まれる傾向があった。また、2つの糞サンプルの組成は他の多くのものとは異なっており、1つはバッタ類が多く、もう1つは木質繊維で構成されていた。本研究は、モンゴルにおけるシベリアマーモットの糞中の食物の量的組成を初めて明らかにしたもので、双子葉植物(60-70%)の方が、イネ科植物(20-40%)よりも重要であった。この結果は、ユーラシアや北アメリカに生息する他のマーモットの食性組成と同様であった。