三浦知良さんが日本経済新聞で連載し、三浦知良さんのオフィシャルサイトともリンクしているコラム「サッカー人として」。4月12日付日本経済新聞には「逃げることに慣れないで」と題して掲載されていた(下の青字タイトル以降に全文記載)。

 

 私個人の心情と信条としても三浦知良さんの考え方に全面的に賛同。

 

 

 

 三浦知良「サッカー人として」
「逃げることに慣れないで」

2024年4月12日 日本経済新聞/三浦知良オフィシャルサイト

 

 誰しも、仕事に就き始めたばかりのころは壁にぶつかるものだ。「想像していた以上に、きつい」「自分に合わないのでは」「何かが違う」。思い煩う新入社員の方々も多いんだろうね。

 プロサッカー選手も例に漏れず、どうしても新人は、試合でプレーするという最大の仕事になかなかたどり着けない。試合に出られる人間は当然ながら限られる。でも当人たちは「仕事をできる」と思って来ているわけだから、ギャップに苦しむ。

 自分も身に覚えがあることで、飛び込んだブラジルでまだ何者にもなれていない16、17歳のころ、「ここにいては先がないのでは。違うクラブへ移りたい」と考えもした。隣の芝生は青く見えてね。実際には、理想の新天地にみえた場所とて、大きな差はなかったかもしれないのに。

 そんな時に先輩方によく言われた。「一度逃げた人間は、次に嫌なことがあると、また逃げ出す」。辛抱も大切なんだ、逃げることに慣れるな、と。

 サッカー選手の業界に限れば、仮に嫌な監督や同僚がいたとしても、試合や練習の間だけ耐えれば済む。1日約90分ほどの我慢。でも、そうはいかない職業もあるものね。

 殺人を犯した女性囚人2人が舞台のスターになっていくミュージカルが原作の映画「シカゴ」にこんなシーンがある。共演を持ちかけられた片方が「一緒にはやらない。あんたは嫌いだから」と拒む。もう片方はこう応じる。「それが、舞台で何の問題になるっていうの?」

 

 自他共に認めるほど仲は悪いのに、何十年も連れ立って、立派に稼ぐお笑いコンビもいる。「合わない」はずなのに、それでも成り立つビジネスがある。

 とある本によれば、何事も好きか嫌いかで判断しないほうがいいらしい。一かゼロの二択でなく、度合いでとらえてみる。「この人は怒りっぽくて理解できない面もあるから90点じゃないけれど、60点だからまあいいか」「40点くらいだけど腕は立つし、付き合えなくはないわね」といった具合に。こだわることは大事だけど、完璧の百点満点ばかりをいつも望めるものでもないし。

 もちろん、今いる場所と違う地平を目指すことが正しいときもある。逃げるべき災難もあれば、辞めることから開ける未来もあるだろう。同じように、我慢と継続から見えてくる光もある。出場機会に恵まれない今の僕なども、まさにそうすべきなんだと思う。

 苦労は、どこへ行ったところでついてくるもの。何を求めてその職に就いたのか、どんな自分でありたいのか。初心を忘れずにいたい。辞めることは簡単、続けることは難しい。経験から顧みるに、僕としては、我慢して続ける方にちょっと比重を置きたくなる。


 (元日本代表、オリベイレンセ)

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