カーストとは何か

インド「不可触民」の実像

鈴木真弥/2024年1月25日刊行

中公新書

 

■本書概要

インドに根付く社会的な身分制=カースト。数千年の歴史のなかで形成され、結婚・食事・職業など生まれから規制し、今なお影響を与え続ける。カースト問題には、「不浄」とされ蔑視が続く最底辺の不可触民=ダリトへの差別がある。政府は2億人に及ぶダリトを支援する施策を打つが、その慣習は消えず、移民した世界各国でも問題化している。本書はインドに重くのしかかるカーストについて、歴史から現状まで、具体的な事例を通し描く。

 

■著者

鈴木真弥
1976年神奈川県生まれ.東京外国語大学外国語学部南西アジア課程ヒンディー語専攻卒.インド・ネルー大学大学院社会科学研究科修士課程修了.慶應義塾大学大学院社会学研究科後期博士課程単位取得退学.博士(社会学).日本学術振興会特別研究員(PD),人間文化研究機構地域研究推進センター研究員(東京外国語大学),などを経て.2020年より大東文化大学国際関係学部国際文化学科准教授.著書に『現代インドのカーストと不可触民都市下層民のエスノグラフィー』(慶應義塾大学出版会,2015年/第28回アジア・太平洋賞特別賞,第11回樫山純三賞受賞).共著に『現代インド5 周縁からの声』(東京大学出版会,2015年),『インドの社会運動と民主主義―変革を求める人びと』(昭和堂,2015年),『インド文化読本』(丸善出版,2022年)など

 

■読後所感

 著者の研究と現地調査の賜物と言える一冊。今もインド社会に根付く身分制度「カースト」が生まれた経緯や今日までの歴史、今なお残る実態がよく分かる。

 私は大学受験時代「世界史」を選択していた。そこで展開されていた世界はワクワクするものばかりで、受験勉強を超えてそれぞれの歴史の中に自己投影した。受験勉強の中で、「インドのカースト制はバラモン・クシャトリア・ヴァイシャ・シュードラを頂点に、その下には不可触民(ダリト)と呼ばれる最底辺の身分があり、その中に2000を超えるカーストが存在する」と覚えたことを今でもはっきり覚えている。

 そもそもカースト=casteという言葉は「もともとインドにはなく外来語である。十六世紀の大航海時代に、ポルトガルの航海者がインドで目にした社会慣習に付けた「カスタ」(casta)に由来する。カスタは、ラテン語で「カストゥス」(castus)の「混ざってはならないもの、純血」から派生し、「血筋、人種、種」を意味する。

 インド固有のものとみなされるようになったのは、十八世紀末という考えが有力だ。ポルトガルのインド来航以前に遡ることなく、ヨーロッパとインドの接触によって、そしてその後の植民地支配の歴史のなかで、カーストの概念が形成されていく」(6㌻)

 カーストとインド社会を語るうえで二人の必須人物。ひとりは日本でも馴染みが深い政治指導者であり思想家のM・K・ガーンディー(ガンジー:写真右)、もうひとりは政治家・社会活動家であるB・R・アンベ―ドカル(写真左)。二人のカーストに対する考え方は根本的に異なっていた。

 

※本書12㌻と22㌻から

 

 カーストの基本的特質として、一定の地域を範囲とし、複数の内婚集団で構成、そしてその中での職業の世襲の三点が挙げられる。ガーンディーは「特に職業の世襲を重視し、先祖伝来の職業を継承することは社会的義務と主張し」(12㌻)、それを「健全な分業」(同)と考えていた。不可触民への差別の問題もガーンディーは認識していたが、「カースト間の序列は、本来のカーストのあるべき姿ではないという立場で、ガーンディーは「優劣のないカースト」を求めていた」(同)。著者はこの考え方を「序列のない職能的分業制度」(21㌻)と呼んだ。

 一方のアンベードカルは不可触民カースト出身、インドの憲法起草委員会の委員長を務め、インド独立直後のジャワハール・ネルー内閣では法務大臣としても活躍した人物。彼は自身の出自も影響してか「不可触民自らが被抑圧的状況を自覚し、そうした状況に抵抗しなければならないと一貫して主張した」(22㌻)。カーストや不可触民差別に対して具体的かつ現実的なアプローチを展開したのはアンベードカルで、彼の反カースト、不可触民差別撤廃の思想は、カースト制の廃止、差別・抑圧からの解放を主張する現在のダリト運動に大きな影響を与えている。彼への評価は現代のインドでこそ高まり、インド社会の中で彼の存在を無視することができなくなっている。

 ダリトの第二、第三世代の特徴は、英語が共通語であり、高等教育を受け専門職に就いているエリート層であるという。彼らは海外経験やSNSを通して形成されたグローバルな人的ネットワークをベースに活動を展開し、海外で勤務した企業でカースト差別をめぐって訴訟を起こすなど、新世代による新たな抵抗のかたちを示している。つまりダリト第一世代のように、差別の存在を大前提として、それを容認しながら生きていくのではなく、様々なツールや人脈などを活用し差別を無くすために闘う若い世代が出始めているということである。

 現代のインド社会においても深く根を張り、無くなることはないと思われるカーストやダリトへの差別。本書を読み進めていくと、カーストの在り方や不可触民への具体的な対応について、教義化されていると言っていいヒンドゥー教自体に自然と目が向く。差別撤廃のためにはここへのアプローチは避けて通れないものなのかもしれない。

 

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