春秋(3月21日) 作家の太宰治は生涯で一度だけ「就活」を

2024年3月21日 日本経済新聞(コラム)


 作家の太宰治は生涯で一度だけ「就活」をした。年譜によれば1935年3月、大学の落第が決定。すぐに都新聞(いまの東京新聞)の入社試験を受ける。借り物の背広で鼻歌まじりに出かけるが――。これも「見事に落第」と親友の檀一雄は「小説 太宰治」に記す。

 ▼今月1日の就活解禁をうけ、2025年春に卒業する学生の就活が本格化している。内々定や内定を出しはじめる企業の数は、3月から4月ころに集中するという。太宰の時代とは様変わりし、不採用の通知も電子メールが主流だ。「今後のご活躍を……」という締めくくりの定型文から「お祈りメール」と呼ばれている。

 ▼機械的で冷たい。学生には不人気だ。さらにいま「サイレント」な企業がじわり増えているらしい。選考結果は通過者にのみ通知。不合格者には「無言」でメールも出さない。入社を切望する相手に心ない仕打ちに思えるが、さて企業の言い分は? 会社のイメージダウンを防ぐ苦肉の策のようなのだ。こんな調査がある。

 ▼お祈りメールで企業を「嫌いになった」学生は8割強。6割超が会社の製品などを「今後使わない」と回答。一方「いつか一緒に働きたいという一文に感動した」との声もある。伝える言葉や姿勢は誠実か。学生は顧客、未来のビジネス相手になりうると調査は助言する。ちなみに太宰は落第後の都新聞に寄稿もしている。

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海外留学をしていた長男は1年遅れで2025年春の大学卒業予定。今はまさにこのコラムに登場する主人公の学生そのもの。企業の採用試験に挑戦する毎日である。

 

昨年から就活に挑戦しているが、そう簡単に希望する企業から内定をもらえるはずはなく、彼の元にも「お祈りメール」が届いている。彼は淡々とそのメールを受け止めているようなのでまだ安心している。

 

今の時代、メールでの通知は止むを得まい。とくに不合格通知だった場合、どうあれそこに書かれた言葉が気になるのも就活生の常だろう。気持ちがよくわかる。

 

ただ、コラムにある「サイレント」、これは断じてあってはならない。企業の言い分や理由は関係ない。通知内容はそれぞれあるにせよ、それを一日千秋の思いで待っている学生の気持ちに思いをはせ、自社の採用試験を受けてくれた学生に誠意を込めて通知すべきである。

 

現在は「売り手市場」、学生に有利と言われている就活も、採用試験自体の成績(得点)による場合もあり、人によっては20社、30社と不合格が続く時がある。

 

これは本当にこたえるもので、自分という人間のすべてを否定されたような気持ちになる。でも決してそうではない。あなたという存在の尊貴さは人が行う相対性をベースにした採用試験によって決まるものでは決してない。

 

あなたと縁がある会社に出会うタイミングの問題と捉えてみるのもいいかもしれない。本当に縁ある会社に出会うには、多少の苦い思いもするだろう。

 

あなたと縁がある会社に必ず出会う。仮に不合格通知を出した会社があったとしても、縁ある会社に出会うまでの途中の縁。自分をもう一歩成長させるきっかけ。

 

すべての就活生に、これから一緒に働きましょうという「お誘いメール」が届くことを、いち就活生の親として祈っている。