(惜別)谷村新司さん
シンガー・ソングライター、音楽家
 

2024年2月10日 朝日新聞夕刊

 

 


 

 ■歌が心つないだ、異国での原点
 2023年10月8日死去(死因非公表) 74歳

 2019年秋、連載企画の取材で2回、計5時間近く話を聞いた。幼い頃から70代までの歩みを語る中で、谷村新司さんがライフワークの一つに挙げたのが、07年に始めた「ココロの学校」。小さなホールにピアノ1台あればOK。日本各地に出かけ、歌を通して子どもたちと交流を続けてきた。
 「55歳が分岐点でした」と力を込めた。帯状疱疹(ほうしん)の発症を機に「今までと違う走り方に切り替えよう」と全ての予定を白紙に戻したとき、中国の上海音楽学院から常任教授の依頼が来た。1981年にアリスが北京で公演して以来、音楽でアジアをつなぐ活動を続けてきた。「天命という言葉があるとしたらこれだろうと思いました」
 中国の学生たちに音楽作りのノウハウを惜しみなく伝えた。日本の小さな町でも同じように子どもたちに教えたいと考え、ココロの学校を実現させた。罪を犯し更生施設で暮らす子どもたちを訪ねて一緒に歌うこともライフワークにしていた。
 音楽は心をつなぎ、国境を越える――。抱き続けた思いの原点は、大学時代に北米とメキシコを巡った演奏旅行にある。
 日本の知人に旅費を持ち逃げされ、路頭に迷う。友達になったメキシコ人の誕生日祝いで家を訪ねたら、「新司、歌ってくれ」と数十人が帽子にお金を入れた。「お金のために歌うことはしない」と断ると、「君の歌に感動したから入れたんだ」。
 お金の入った帽子を抱きしめて泣きながらモーテルまで歩いた夜を振り返り、「どんな国にも悪いやつはいるし、素敵な人もたくさんいる。後に僕が日本を飛び出してアジアに行く全てのベースになったんです」。
 海外でも広く愛される「昴―すばる―」や、「陽(ひ)はまた昇る」「いい日旅立ち」など「谷村文学」と呼ばれた詞の世界については、「自分の人生観や悩み、願望など全てを書き込んであるので、一つ一つが私小説のようなものかも」と話していた。
 24時間に起きること全てが詞の素材に。完全なオフはなかったが、「音楽や曲作りを苦しいと思ったことは一度もありません」。アリスが多忙だった30歳の頃に過労で倒れ、追われる時間をぜいたくなものと感じた経験が根底にあった。
 「何事もとらえ方によって楽しくなるし、そうやって生きる方が絶対に素敵でしょう」
 私の目をじっと見ながら話した、晴れやかな笑顔が今も心に残っている。(坂本真子)
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 たにむらしんじ
 【写真説明】
堀内孝雄さん、矢沢透さんと共にアリスでデビューして約50年。「今のグルーブが一番いい」と2019年に語った=篠田英美撮影

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「陽はまた昇る」

「階₋きざはし‐」