「ふりかえるひまもなく時は流れて/帰りたい場所がまたひとつずつ消えてゆく」中島みゆきさんの「誕生」の一節。歳をとるたびに帰りたい場所がひとつずつ消えていく。友人の母上が認知症で施設に入っているため、先日、ご家族で40年以上過ごしたアパートを引き払った。友人は「人生の中の大きな思い出が終わりました」と言ったが、それ以上に認知症の母上を見るのが辛いと言う。▼筆者の母は今から37年前、筆者20歳の時、45歳にしてがんで逝った。今から4年前には父が逝った。ふるさとの実家に住む人はなく、数年前、更地にして売りに出した。今は新しい家が建ち、新しいご一家が住んでいる。実家が無くなりふるさとに帰る機会はめっきり減ったが、それ以上に両親がこの世にいないのは本当の意味で帰りたい場所が無くなった気がする。毎日両親の笑顔が浮かぶたびに「おやじ、おふくろ、家族みな元気にやっているよ」と笑顔を返す。▼今日は我が家の女子たち、妻と長女は応援している韓国男性グループのライブで大阪まで行ってしまった。残された私と長男は、長男が大好物の馬刺しを私が専門店に買いに行き、長男は海外留学中にマスターした得意の味噌汁を作った。私が切る馬刺しはなんとも美しさに欠けるが、「うまいね!」と何度も言い嬉しそうに食べる長男を見ながら、小さかった頃のことも浮かび嬉しくなった。長男、20分ほどで食べ終え、友だちに会いに出て行った。▼中島みゆきさんの「誕生」は「すがりたいだれかを失うたびに/だれかを守りたい私になるの」と続く。時は40年以上も流れた。両親が私に注いでくれた愛情と同じだけの愛情を我が子らに注げているだろうか。両親が贈ってくれたあの幸せな時間を、我が子らに贈れているだろうか。親と早く別れざるを得なかった人たちの気持ちに寄り添い、力になってあげられているだろうか―そんなことを考えながら私の食器を食洗器に並べスイッチを入れた。 (虹) 2023.12.11‐