西郷隆盛
維新150年目の真実
家近 良樹/2017年11月10日
(NHK出版新書)
■本書紹介(NHK出版)
第一人者が多角的に描き出す「本当の西郷さん」
最新の研究成果を盛り込んだ決定版
都会的、エレガント、手先が器用、涙もろい……。
無数の証言から浮かび上がる、史上最大のカリスマの素顔。
物腰が優雅でスマート、この上なく男前。計算が得意で経済に明るく実務能力も高い。人目をはばからず涙を流し、人の好き嫌いが激しく、神経がこまやかでストレスに悩まされる……。徳川将軍から園の芸妓まであらゆる人々の証言を読み込み、西郷をめぐる七つの謎を解きながら〝大西郷〟の実態を活写。数々の新視角を世に問うてきたトップランナーによる、誰にも書けなかった西郷論!
■著者情報(同)
家近 良樹
1950年、大分県生まれ。歴史学者。専門は幕末維新史。同志社大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。中央大博士。長く大阪経済大学で教え、現在同大客員教授。著書に『西郷隆盛』(ミネルヴァ書房)、『孝明天皇と「一会桑」』(文春新書/改題『江戸幕府崩壊』講談社学術文庫)、『徳川慶喜』(吉川弘文館)、『その後の慶喜』(講談社選書メチエ/ちくま文庫)、『老いと病でみる幕末維新』(人文書院)など。
■目次
第一章 なぜ西郷は愛されてきたのか
第二章 残された七つの〝謎〟を解く
第三章 何が西郷を押し上げたのか
第四章 西郷の人格と周囲のライバルたち
第五章 なぜ自滅したのか
■読後所感
約5年ぶりに再読した。前回は詳しくレビュー的なものを残していなかった。
著者は歴史学者であり、日本における西郷隆盛研究の第一人者である。さらに研究者という立場を超えて、一人の人間として西郷隆盛を尊敬し愛している。その著者が本書で述べている。「人気者(その代表が西郷だったということは言うまでもない)中心の歴史は史実とそぐわない(史実をきちんと説明しえない)ことが多い。それといま一つ、嫌いな人物や集団を一方的に弾劾する歴史観からは、多面的に物事を見る視点は生まれない。さらに、あえて付け加えれば、歴史が本来有する深い味わいや面白味にも欠ける。とにかく、西郷という超人気者中心の歴史から時に距離を置くことで、初めて見えてくるものがある」(176㌻)
こうした歴史観を持つが故に、著者が書いた西郷評に対して時にその部分だけを読んで「家近は西郷の悪口を言っている」と思われたこともあったという。筆者は上の著者の歴史観、人物観にまったく同感である。その陽も陰も自分の中に取り込み、大きな視点でトータル的にその人物を理解し愛する。そういうものだろう。
これまで幾冊も西郷ものを学んで来たが、その中でほぼ共通している視点は、西郷の二度にわたる遠流、つまり流島(一度目は奄美大島、二度目は沖永良部島)が彼をあそこまでの大人物に作り上げたという点。就中、二度目の沖永良部島遠流が重要なポイントとされている。筆者もそう思っている。
著者は二度目の流島は、西郷を思慮深くさせ、西郷の発言や行動を格段に慎重にさせた分、周囲からは分りにくくなったと意味づける。いい意味で変身を遂げたと。そして多くの人々が抱いている西郷隆盛像はこの二度目の流島以降の西郷であると。また、研究者の立場で言えば、研究しづらくなったとも。とは言え、それは西郷が二度目の流島時代、言ってみれば逆境、苦境を自身の糧とした証であり、変身(成長)した西郷がいたからこそ時代は大きく回天したのだろう。西郷の「変身」について述べた箇所を以下に抜粋した。
(45㌻)
島での変身
西郷は、沖永良部への流島時、読書を中心とする勉学に励む一方で、大きな失敗を招いた、これまでの自分のあり方を顧(かえり)みるチャンスに恵まれた。そして、時間だけはたっぷりとあった孤島での生活で、これまでの己れの人生(前半生)を深く振り返れたことで、西郷は「人材」レベルから、思慮深く、かつ志操堅固(しそうけんご)な「人物」のレベルに大きく変身を遂げることになる。すなわち、この第二次流島時代に精神の修養に努めた結果、見違えるような人物に変貌を遂げた。これが、われわれが思い抱く、茫洋(ぼうよう)たる風格の漂う人格者としての大西郷の姿であった。もっとも、自らの行動に対して、前時よりも格段に慎重となったぶん、以後、彼の取った行動の意味は解りづらくなった。
(168㌻)
分かり難い人物に変身
もっとも、西郷を極めて理解しがたい男にしたのが、二度にわたる流島体験(なかでも後者のそれ)であった。西郷は、先に一寸ふれたように、第二次流島時、それまでの人生では、おそらく、それほど多くは持ちえなかったと思われる一人きりの時間を十分に持てた。むろん、それは孤独な時間であったが、この時、自分のこれまでの人生をしみじみと振り返ったと思われる。また併せて、学者になったような気分だと知人宛ての書簡で戯れたように、読書三昧(ざんまい)の生活も送れた。こうした中、勉学面でも精神面でも、ともに自分を格段に鍛えあげ、それが彼の人間力の向上に繋がったことは間違いない。しかし、そのぶん、西郷は、周りから見て、含みのある、分かり難い人物に変身することになる。そして、われわれが知っている(つもりになっている)西郷は、この大きな変身をとげた後の彼である。
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