お帰りサザン、胸騒ぎの茅ケ崎
桑田佳祐さんの地元で10年ぶり凱旋ライブ
2023年9月25日 朝日新聞(夕刊)
デビュー45周年を迎えたサザンオールスターズが27日から4日間、桑田佳祐さんの地元・神奈川県茅ケ崎市で、10年ぶりの凱旋(がいせん)ライブをする。会場は海沿いの住宅地にある市営野球場。過去2回もここで行われ、球場の内外を多く人たちが埋め尽くした。特別な思いとともに待ち望む人がいる。
■四六時中好きで、移住した市職員
「まさか、市民として茅ケ崎ライブを見られる日が来るなんて」
同市職員の金子雄基さん(37)は、ファンクラブ経由で申し込んだチケットの当選通知を受け取った。「15年前の自分を褒めてやりたい」。感慨もひとしおに語った。
2008年5月、大学4年生だった金子さんは大きな決断をした。
内定者合宿のホテルで見たニュース。デビュー30周年のサザンが翌年から活動を休止するという。新幹線の運転士をめざし、懸命な就職活動の末に決まった鉄道会社。合宿は上の空になり、その後の研修の内容は覚えていない。
埼玉県草加市出身。恋人の影響でサザンにのめり込み、曲を聴きながら、歌詞に登場する各地を訪れた。茅ケ崎では路地裏まで歩き回った。
鉄道会社では転勤生活になるが、定年後は茅ケ崎で暮らす。そんな人生を描いていたが、サザンというバンドがあるうちに茅ケ崎に住みたい。内定辞退を決め仕事を探すうち、翌春の市職員の採用試験に間に合うことを知って、申し込んだ。
「自分が一番好きな街に関わり、その街をよくしたい」。面接ではそう語り、翌09年に入庁。現在は市長の公務の調整などを担当し、茅ケ崎に念願のマイホームも建てた。当時の恋人・奈津子さん(37)は妻となり、2人の娘に恵まれた。
♪江ノ島が見えてきた 俺の家も近い
遠くから帰ってきて江の島が見えると「勝手にシンドバッド」のこの歌詞が浮かび、つい頬がゆるんでしまう。
驚いたのは3年前、時折遊びに来ていた両親が実家を売って転居してきたことだ。
「海と富士山がいつも見えて」と母親の純子さん(67)。消防士で短髪がトレードマークだった父親の峯大(みねお)さん(74)はウクレレを習い、長髪にアロハシャツ、ビーチサンダルで街を闊歩(かっぽ)している。
■胸に残る愛しい街、つくりたい
10年ぶりの凱旋ライブが目前に迫り、街は熱気を帯びてきている。国民的バンドが湘南の人口24万人の街に全国のファンを呼び寄せてくれることは、地域の誇りだ。「うれしいね」。地元の人たちは、準備が進む野球場を見ながら声を掛け合う。
でも、サザンに憧れて移住した金子さんはいま、「茅ケ崎はサザンだけじゃない」と思う。
サーフィンやフラダンスといったビーチカルチャーの息づく、ゆったりとした時間が流れる街をめざす茅ケ崎市。半面、街は飾り気がなく、市役所に入りたての頃は「もっとサザンを使って街おこしをすればいいのに」と歯がゆく思った。サザン関連の企画を立てて人を呼んでやる、と息巻いたこともある。
しかし、家族で毎日のように浜辺を歩き、地元商店主らと付き合ううちに、サザンの歌詞にも描かれる自然や情景、人々こそが茅ケ崎の宝だと考えるようになった。「桑田さんのように、子どもたちには自分の街やふるさとを大好きな大人になってもらいたい。それを指針に街づくりを進めれば、この街はいつまでも輝くと思うんです」
■住宅街の球場へ計7万人…混雑対策に市民も動く 主催者「音漏れ目当ての来場やめて」
サザンの茅ケ崎ライブは2000年、13年に続く3回目。市によると、今回はチケットを持つ人だけでも4日間で計約7万人が集まる。
デビュー曲「勝手にシンドバッド」の冒頭にある「砂まじりの茅ケ崎」など、茅ケ崎ゆかりの風物は数々の曲に登場する。かねて凱旋ライブを望む声があったが、市内には客席千数百人規模のホールしかない。そこでグラウンドを使えば1万人以上を収容できる市営の茅ケ崎公園野球場を活用し、地元の署名活動を受けて実現した経緯がある。
過去2回参加した横浜市の会社員の女性(59)は「会場が小さいぶん間近に感じられる。聖地です」。
一方で、野球場は静かな住宅街にあり、騒音や混雑は毎回の課題だ。過去にはチケットを入手できなかったファンが雰囲気だけでも味わおうと会場近くに集結。民家でトイレを借りようとしたり、ゴミを放置したりした人もいたという。
主催者側は音漏れ目当ての来場に自粛を促すとともに住民に交通規制や音出しなどのスケジュールを事前に知らせ、茅ケ崎署も警備に力を入れる。
かつては地元ライブに反対する声もあったが、2度の開催を経て、盛り上がりに期待する声も増えてきた。今回、駅前の楽器店は身軽にライブに行けるように荷物の一時預かりを実施。若手経営者らは野球場へ向かうルートにある緑地に仮設トイレやゴミ箱を設置する。「住民もファンも気持ちいいライブになれば」とこの取り組みの実行委員会の石井政輝さん(38)。サザンにならい、市民も「勝手に」応援している。(足立朋子)
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サザンオールスターズ - 希望の轍
[Live at ROCK IN JAPAN FESTIVAL, 2018]