カブトムシの謎をとく
小島 渉 /2023年8月7日
ちくまプリマー新書
■内容紹介(出版社)
ほんとに夜型?天敵は何?大きさはどうやって決まる?カブトムシの生態を解き明かし、仮説の立て方、調査方法なども解説。自然研究の魅力はここにある。
カブトムシの生態には、まだまだわかっていないことが多い。本書では現時点で明らかになった最新の研究成果とともに、仮説の立て方、調査方法、分析の仕方を丁寧に再現。あなたも世界水準の自然観察者、研究者になれる!
目次
第1章 カブトムシ研究者への道
第2章 カブトムシはどんな昆虫?
第3章 幼虫のくらし
第4章 カブトムシを食べたのは誰?
第5章 活動時間をめぐる謎
第6章 カブトムシの生態の地域変異
第7章 昆虫はどのように天敵から身を守るのか
■著者
小島 渉(こじま・わたる)
1985年生まれ。2013年に東京大学大学院農学生命科学研究科で博士(農学)を取得。その後、日本学術振興会特別研究員を経て、現在、山口大学理学部講師。著書に『わたしのカブトムシ研究』(さえら書房)、『不思議だらけカブトムシ図鑑』(彩図社)がある。
■読後所感
タイトルを見て、表紙の写真を見て、また私の過去のブログ、クワガタ記事を思い出したりして、笑ってはいけない。「面白いと思ったのはお前だけだろう」などとつぶやいてはいけない。
著者は東京大学大学院で博士号(農学)を取得した生態学者。生態学は主に農学分野にカテゴライズされる。著者が長年研究を重ねているカブトムシの生態に関する、今年8月に刊行された最新の研究成果。ワクワクしながら勉強になりながら一気に読める一冊。
子どもたちの人気ナンバーワンの昆虫といえばカブトムシ…と現代も言い切れるかどうかは分からないが、人気があることは確か。しかし実際にはその研究はほとんど進んでいない。上の目次にあるような疑問からスタートして、丁寧な実験と考察を重ねてきた。
子どもの頃からカブトムシやクワガタを採り歩いて来た私や、専門家ともいえる愛好家の間では、裏付けなく経験則として認識していることが多々あるが、基本的なところで未解明の部分が多い。そうした経験則の裏付けや未解明の部分が、現在研究進行中としたうえで明解に書かれている。
また、カブトムシから離れても、自分が興味ある分野やもの、人などを研究する姿勢、その際の仮説の立て方、研究手法など、つまり「研究とは何をすることなのか」「研究の魅力とは」が全編を通して分かり易く書かれていて、広く多くの人も大変勉強になる。
本書の中で紹介されている埼玉県の小学生、柴田亮さん。著者に質問メールを送り、そこから著者との研究交流が始まった。そのことが2021年の朝日新聞に2回取り上げられた。そのうち1本は「社説」(以下2本の記事全文)。この記事だけでもぜひご一読願いたい。
小学生が迫った「なぜ」、学術誌掲載 埼玉の柴田亮さん、カブトムシの観察が論文に
2021年7月6日 朝日新聞
埼玉県の小学生が素朴な疑問から始めたカブトムシの観察が、専門家の協力で論文になり、世界的な生物専門誌に掲載された。夜行性とされてきたカブトムシの活動リズムの常識を覆す発見につながった。
論文を発表したのは、埼玉県杉戸町の小学6年、柴田亮さん(12)。
柴田さんの家の木にカブトムシが集まり始めたのは2019年だ。カブトムシは夜行性とされる。日没後に樹液を求めてクヌギなどの木に集まり、夜が明ける5時ごろには樹液場から飛び立ってしまう。柴田さんもそれを知っていて、近所のクヌギの木にカブトムシを捕りに行くのはいつも夜だった。しかし、庭の木には昼間になってもカブトムシがいた。「なぜだろう?」。小学4年の夏、自由研究にしようと、家の木に集まるカブトムシの数を数え始めた。
■東南アジア産の木
カブトムシが集まる庭の木は、東南アジア原産の植物シマトネリコだった。日本では庭木や街路樹として使われているが、もともとは台湾やフィリピンなどに生えている。柴田さんは「樹液がおいしいからだろう」と考えたが、昼間も居続ける理由が分からなかった。
図書館で題名に「カブトムシ」と書いてある本を片っ端から借りて読みあさった。すると、シマトネリコにはカブトムシが昼間も残っているようだ、と書いてある本を見つけた。
その本の著者が、動物生態学を研究する山口大講師の小島渉さん(36)だった。柴田さんの母親が連絡先を調べ、メールを送った。「息子がどうしても聞きたいことがある。よかったら答えてくれませんか」。カブトムシについての著書を複数出している小島さんも、なぜ昼間にカブトムシが集まるのか理由は分からなかった。これをきっかけにメールのやりとりが始まった。
その年の夏の終わり。柴田さんから観察の結果を伝えられた小島さんは、「深夜のデータやカブトムシの個体ごとのデータも取ったら面白いことが分かるのでは?」と提案した。
柴田さんは「こうしなさい、と言わずに『こうしたら面白い』と言ってくれた。自分も不思議だな、面白そうだなという気持ちで研究できた」と振り返る。
2年目の20年、庭に来るカブトムシの背中にアクリル塗料で印をつけ、区別が付くようにした。数の調査に加え、162匹の入れ替わりが記録できた。7、8月は毎日欠かさず観察。時には夜中に家族にビデオで撮影してもらって、時間をずらしてカブトムシを数えた。調べた回数は、231回になった。
■査読者「称賛に値」
データを見た小島さんは「想像した以上に精緻(せいち)。大学の卒論でもここまで丁寧にやる学生はいない。論文にできるのではないか」と思った。
観察では、多くのカブトムシが夜のうちにシマトネリコに集まり、そのまま昼間まで活動を続けていた。小島さんによると、台湾でシマトネリコに集まっているカブトムシは、夜行性だという。「虫は同じ種でも光や温度、エサで習性が変わることが知られている。日本のカブトムシが外来植物と出会ったことで、本来なかった習性が引き起こされたとも言え、面白い結果だ」と話す。
2人の名前で投稿された論文は今年4月、この分野のトップ学術誌の一つ、米生態学協会の「エコロジー」(電子版)に掲載された。論文に不備がないかの査読をした外部の研究者は、データの分厚さに、「記録を集めた人間は称賛に値する」と驚いていたという。
なぜシマトネリコに集まるカブトムシが昼間も活動するのかはまだ分かっていない。柴田さんは今夏も観察を続ける予定だ。「将来の夢はまだ決まっていないけど、家に木があって、カブトムシが来てくれる限り研究を続けたい」(香取啓介)
(2023年8月2日筆者採集)
(社説)10代の自由研究 驚く成果生み出すもの
2021年11月13日朝刊新聞
超絶的、涙が出るほど感動、想像以上に精緻(せいち)――。こんな言葉で、本職の研究者が称賛する小中高生の研究がある。
埼玉県の小学6年柴田亮(りょう)さんは、夜行性のカブトムシが昼間も庭の木にいるのを不思議に思い、自由研究のテーマにした。
東南アジア原産のシマトネリコ。この木には昼もカブトムシが集まると書いた本を図書館で見つけ、著者の山口大講師小島渉さんに「個体ごとの記録を取れば面白い」と助言された。
背中に印をつけ、ビデオ撮影などで家族の協力も得た結果、カブトムシは夜に集まり、昼まで残ることを突き止めた。外来植物との出会いが新しい習性を引き起こした可能性があるという。小島さんと連名の論文が米国の学術誌に載った。
兵庫県明石市の中学2年谷和磨(かずま)さんはペルセウス座流星群の大出現の観察記録をまとめた。
夜明け前に多く現れるので市の天文科学館に相談すると、ハワイからのライブ映像なら無理のない時間帯に観測できると教えられた。そして、ピークと予測された日ではなく、翌日が最も多かったことに気づき、推定できる原因を探った。専門的な見解とも重なる考察で、内容を知った研究者を驚かせた。
熊本県立天草拓心高校マリン校舎の科学部は、絶滅の恐れがある貝のカヤノミカニモリの研究に継続的に取り組む。人工的な産卵や成長を記録するのは不可能とされてきたが、卵から幼生を経て、若い貝にまで育てることに成功した。文献には肉食とあったが、藻類も食べるという未知の生態もわかった。
いずれも、素朴な好奇心と行動、地道な観察と記録が結果につながった。部活動の場合、先輩の経験やデータの蓄積を生かすこともできる。成果を上げてポストや予算を獲得する重圧もなく、失敗を恐れずに自由な着想で挑戦できるのは、専門の研究者にはない「強み」だ。
理科教育に長年携わる宮下敦成蹊大教授は、小中高生が本格的な研究をするのは難しいというのは大人の思い込みだと指摘する。子どもたちにはアイデアも粘り強さもある。本職が見落としているテーマも多く、知識や経験、先端機器がなくても、プロと同等の成果が出せる可能性は十分にあるという。
自由な研究の効能は、本人の理解力や問題解決能力の向上にとどまらない。自然観察が地域の生態系の保護につながる場合もあるし、文系理系を問わず、相談を受けた専門家には、新鮮な刺激を受け、次代の担い手を導くことに手応えを感じる機会にもなるだろう。
疑問を突き止めようとする若者たちの活動を見守りたい。