2023-09-04 ORICON NEWS


時を超えた“2人”の浜田省吾が同居、洋楽カバー作に見えた「ルーツ」とは?

 

 

 

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 浜田省吾が、洋楽カバー企画の第3弾『The Moonlight Cats Radio Show vol. 3』を9月6日に発売する。Shogo Hamada & The J.S.Inspirations名義で発表される本作は、2017年にもVol.1、2が発売され好評を博したシリーズ。今回は60年代の人気バンドの楽曲8曲を収録し、ボーカルはすべて浜田が担当している。そんな期待の本作には、ソングライターとして45年超の音楽歴を重ねた浜田省吾と、ロックやR&Bに恋をした10歳の少年が同居しているようで――。ミニアルバムの内容から、そのスピリッツを読み解く。

 

  「俺のボーカルのルーツがここにある」、海辺の田舎町の少年を魅了した曲の数々

 


 あなたはイヤホンを外し、しばらく余韻に浸る。できれば鳴り終えたスピーカーの前であってほしいが、最近の主流は異なるだろう。演奏は、DJの「おやすみなさい」の声とともにフェイドアウト、あなたの体には心地よい余韻が響く。メッセージや教訓めいたものは、そこにはない。
 浜田省吾がShogo Hamada & The J.S.Inspirations名義で発表したカバー作品集『The Moonlight Cats Radio Show vol. 3』(2023年9月6日発売)は、そんなミニアルバムだと思う。

▼『The Moonlight Cats Radio Show Vol. 3』Shogo Hamada & The J.S. Inspirations(外部サイト)

 収録曲はたとえば――1961年に発表され、モータウン・レコード初の全米1位シングルとなった、女性R&Bコーラスグループ・マーヴェレッツ「Please Mister Postman」。70年代に発表されたカーペンターズのバージョンで知っている人も多いはずだ。同じくアメリカの女性R&Bコーラスグループ、シュレルズの同年のヒット曲「Baby It’s You」。作曲は、アメリカンニューシネマ『明日に向って撃て!』の挿入歌「雨にぬれても」などで知られる偉大なメロディーメーカー、バート・バカラック(ルーサー・ディクソンとの共作)。

 海辺の田舎町。浜田省吾が10歳の頃、ラジオから流れてきたのを聴き“一瞬で恋に落ちた”楽曲の数々だ。1962年にアーサー・アレクサンダーが歌った「Anna(Go to Him)」という、上記2曲とは異なる埋もれた名曲的な歌も収録されているが、これらの楽曲には共通項がある。1952年生まれの浜田省吾と同世代の人たちや、たとえばミレニアル世代でもルーツミュージック好きなら、すでに気づいていることだろう。

 浜田省吾自身はこのカバーアルバムについて、こう語っている。

 「俺のボーカルのルーツがここにある――そんな感じで聴いてもらえたらいいなあと思う。これを子どもの頃に聴いていたから、浜田は今のようなボーカリストになったんだって。本当にステレオの前で大声で歌っていたから」

 

  謎めいたアーティスト・浜田省吾、また違う一面がミニアルバムから浮かび上がる


 とはいえ、ファン以外にとって浜田省吾ほど謎めいたビッグネームもいないのではないか。テレビにはほとんど出演しない。いわゆる“フェス”にも、まず出てこない。サングラスをしていて素顔がわからない上に、笑顔をほとんど見たことがない。浜田本人がライブMCで自虐的なジョークとして語るように、40数年の音楽活動のなかで「シングルヒットは『悲しみは雪のように』1曲だけ」(実はシングルチャートの上位に入った曲はいくつかあるが、本人曰く「そんなのはたいしたヒット曲とは言えない(笑)」)。

 それにも関わらず、毎年のように続けている全国ツアーのチケットは入手困難らしい。アルバムについては、マドンナを抜いて「オリジナルアルバム首位のインターバル記録」を更新したというニュースもあった(2015年『Journey of a Songwriter ~旅するソングライター』/オリコン調べ、2015年5/11付)。なぜか「MONEY」や「J.BOY」、「もうひとつの土曜日」だけは聴いたことがある……ばかりか歌ったこともある気がする。

 イメージとしては、自分の世界を頑固に守り続け、我が道を行くアーティスト。間違いとは言えないが、一度でもコンサートを観たことのある人なら、それが浜田省吾の一面しかとらえていないイメージだと知っているはずだ。テレビなどメディアへの露出の少なさについても、ティーザー広告のような戦略ではないことを長年のファンはよく知っているし、浜田自身も常々「自分はソングライターなので、できるだけ歌の背後にいたい。自分で書いた歌を届けるために歌う場所がライブコンサートで、それだけで充分と考えている」と語っている。

 Wait!「待って!」と郵便屋さんに呼びかける少年。彼女からの手紙が郵便袋のなかにないか調べてよ。だって僕はずっとずっと待っているんだから。10代の少女が作ったキュートな歌「Please Mister Postman」を、高校時代から半世紀以上のつきあいである町支寛二(Gt./Vo.)と、まるで自転車で走り去る郵便屋さんとそれを追いかける少年のような陽気なスピード感で歌う浜田省吾。この曲を聴くだけで、先ほどのイメージとあまりに違うボーカリストがそこにいるとわかる。明るく、自由で、無邪気。

 ロックやR&Bに恋をした10歳の少年。バンドでのデビューを経てソロのソングライターとして45年超の音楽歴を重ねた2023年の浜田省吾。時を超えたふたりが、同時にそこにいる。

 

  人気シリーズの完結編? ソングライター/ボーカリストとしての原点をみずから歌う

 


 収録曲はほかに、涼風のようなアコースティックサウンドで歌われる、“美メロ”「Till There was You」。恋に悩む男の自問自答を、悩みを打ち明けられてアドバイスをする友達同士のように、浜田と町支が歌う「Devil in Her Heart」。長田進(Gt.)、美久月千晴(Bs.)、小田原豊(Dr.)も実に気持ちのいい、それぞれの音でロックンロールしまくる「Twist and Shout」など。

 ……と、ここまで書くと、多くの人がこのカバーアルバムに収められた曲の共通項に気づいたことだろう。リヴァプール出身の“the fab four”、あの驚異的な4人組が活動の初期に演奏した楽曲たちだ。彼らのオリジナル「I Call Your Name」「All I’ve Got to Do」も完全コピーに近いアレンジで歌われているが、浜田省吾のボーカルにしても町支のコーラスにしても、彼らならではの存在感が自然に、大量に滲み出ているように思う。

 カバーミニアルバムのシリーズはこれで3作目。『The Moonlight Cats Radio Show vol. 1』『The Moonlight Cats Radio Show vol. 2』合計12曲中、浜田のメインボーカルはマーヴィン・ゲイ「What’s Going on」、スモーキー・ロビンソン&ザ・ミラクルズ 「You’ve Really Got a Hold on Me」、テンプテーションズ「My Girl」の3曲だった。

 

 

 演奏や編曲はVol. 3の上記4人に加え、古村敏比古(Sax.)、福田裕彦(Org./Syn.)、河内肇(Pf.)、佐々木史郎(Tp.)、清岡太郎(Tb.)、中嶋ユキノ(Vo.)、竹内宏美(Vo.)という、浜田省吾のツアーおよびレコーディングでおなじみの面々。選曲については浜田とミュージシャンがそれぞれにアイデアを出し合って決め、ヴァン・モリソン「Crazy Love」では長田が、シュレルズ「Will You Still Love Me Tomorrow」(作曲はキャロル・キング)では中嶋がメインボーカルをとるなど、Shogo Hamada & The J.S.Inspirationsというバンドのアルバムという色合いが濃かった。

 その点でこのVol. 3は、浜田省吾自身の“初恋”、ソングライター/ボーカリストとしての原点をみずから歌う、シリーズの完結編といってもよいのではないか。

▼『The Moonlight Cats Radio Show Vol. 1』Shogo Hamada & The J.S. Inspirations(外部サイト)

▼『The Moonlight Cats Radio Show Vol. 2』Shogo Hamada & The J.S. Inspirations(外部サイト)

 

  コロナ禍の後のライブ映像作品も同時発売、ツアーでは観客も“時を超える”

 


 2020年、2021年、2022年。ツアーも毎年計画され、会場は確保され、リハーサルもくり返されていた。しかし、新型コロナウイルス感染症の流行による、やむなくの中止決定、再立案。2022年の秋にようやくできたホールツアー(28公演、7万人を動員)の東京公演を収録した映像作品『ON THE ROAD 2022 Welcome Back to The Rock Show “EVE”』が、ミニアルバムと同時にリリースされる。

▼『ON THE ROAD 2022 Welcome Back to The Rock Show “EVE”』浜田省吾(Blu-ray)(外部サイト)

▼『ON THE ROAD 2022 Welcome Back to The Rock Show “EVE”』浜田省吾(DVD)(外部サイト)

 久々のツアーの熱気はもちろん、コロナ禍のなかで作られた新曲、これまでの浜田の作風とは少々異なる、聴く者を直接励ます「この新しい朝に」でのボーカリスト、観客、スクリーン上の映像のコラボレーションを、ぜひ味わってほしい。音楽ライブの作品としてだけでなく、この3年間を記録するドキュメンタリー映像としても、忘れられないものになっていると思う。

 


 昨年から今年にかけて、熱心なリスナー/オーディエンスを狂喜させる出来事もあった。2022年1月6日、7日。1982年の初武道館公演のセットリストを40年後に完全再現するというライブ。これは、コロナ禍の数々の困難のなか、浜田自身の奇跡的な閃きによって実現したもの。

▼『ON THE ROAD 2022 LIVE at 武道館』【完全生産限定盤(Blu-ray版)】(外部サイト)

 今年の5月には、35年前の夏、ソロアーティストとしては記録的な5万5千人の観客を集めた野外コンサートの映像『A PLACE IN THE SUN at 渚園 Summer of 1988』が劇場公開され、大好評に応える形で、35年前とまったく同じ8月20日の17時30分から、全国各地の映画館で“一夜限りの復活”応援上映会がおこなわれた。

 そして、9月からは、2016年以来となるアリーナツアー『SHOGO HAMADA ON THE ROAD 2023 Welcome back to The Rock Show youth in the “JUKEBOX”』がスタートする。

▼「ON THE ROAD 2023」ツアーサイト(外部サイト)

 2022年、40年ぶりの武道館のあと、こうたずねたことがある。「これまで40数年間聴いてきたなかでも、声の状態がもっともよいのではと思いました。もしかしたら、2年間ライブができずに喉を休めたことが、かえってよかったり?」。浜田省吾の答えは、「それはない」だった。

 「声帯も筋肉なので、常に使っていないとどんどん落ちてしまう。一般的には50代が声帯のピークといわれていて、だとしたら俺も落ちるのは当たり前。だからより丁寧に発声練習などしないといけない」

 たしかに、アスリートのウォーミングアップのように入念な発声練習が、ツアー中の楽屋からも長く聴こえてくる。久々に休暇をとったこの夏にも、旅先から仕事の確認で届いたメールには、こんな文章が添えられていた。

 「ボイストレーニングは毎日やっていて、一昨日と昨日は2日間公演を想定して、初日、二日目のセットリスト全曲を歌ってみました。結構手強いですが何とか歌い切りました」

 youth in the “JUKEBOX” ――つまり青春のジュークボックス。ロックやR&Bに恋をした10歳の少年。バンドでのデビューを経てソロのソングライターとして45年超の音楽歴を重ねた2023年の浜田省吾。

 『The Moonlight Cats Radio Show vol. 3』と同じように、時を超えたふたりが同時にそこにいる、そしてオーディエンスもまた、時を超えた何人もの自分に出会う、そんなツアーになるのだと思う。

(文:古矢徹)

 

  インフォメーション


▼『The Moonlight Cats Radio Show Vol. 3』Shogo Hamada & The J.S. Inspirations(外部サイト)

▼『ON THE ROAD 2022 Welcome Back to The Rock Show “EVE”』浜田省吾(外部サイト)

■アリーナツアー『SHOGO HAMADA ON THE ROAD 2023 Welcome back to The Rock Show youth in the "JUKEBOX"』(外部サイト)
9月16日(土)17日(日) 長野ビッグハット(長野)
9月30日(土)10月1日(日) 北海道立総合体育センター 北海きたえーる(北海道)
10月7日(土)8日(日) マリンメッセ福岡 A館(福岡)
10月14日(土)15日(日) 大阪城ホール(大阪)
11月11日(土)12日(日) 横浜アリーナ(神奈川)
11月18日(土)19日(日) 宮城セキスイハイムスーパーアリーナ(宮城)
11月25日(土)26日(日) 有明アリーナ(東京)
12月9日(土)10日(日) 日本ガイシホール(愛知)
12月23日(土)24日(日) 広島グリーンアリーナ(広島)
1月5日(金)6日(土) さいたまスーパーアリーナ(埼玉)

■浜田省吾 オフィシャルサイト(外部サイト) 
■浜田省吾オフィシャルYouTube(外部サイト)