「…させていただきます」表現、私個人は使うべき場面において使えばいい、必要以上の使用は聞き苦しくさえある、というスタンス。なので、現今の”氾濫”の中では引っ掛かり過ぎて生きづらい。

 

朝日新聞大阪編集局の河合真美江記者の以下の記事で、記者が「…させていただく」フレーズ研究家と呼ぶ法政大学の椎名美智教授や、言語学者の飯間浩明氏のコメントを紹介している。

 

「えらそうに聞こえないように、失礼のないようにしたい。相手との距離をほどよくとれますよ、と丁寧な自分を示す便利な言い方」(椎名教授)

 

「敬語体系の不備(主に謙譲語)を補い、広く便利に使われている」(飯間氏)

 

2つのコメントが言わんとしていることもよく分かる。

 

現代は「様々な人の目がある。クレームが来たら仕事を失う。SNSで広まる。いばって見えないように、全方位に気をつかう世の中」(記事)だからこそ広まったフレーズとも言える。

 

ともあれ、私自身のスタンスを持ちつつも、言葉は使う人により、その人が生きる時代や置かれた状況により変化していくことも認識している。多少の誤用や不自然さがあっても、要は伝わればいい。

 

ただその根底に、自分を守り、相手に敬意をはらい不快にさせないという意識が、かつて以上に強くなっているのは確かだろう。

 

(多事奏論)
「…させていただきます」 丁寧すぎ?敬意と守りと 河合真美江

 

2023年8月1日 朝日新聞

 


 

 「このたび創業100周年を迎えさせていただき、記念パーティーを開催させていただきます」「映画を見させていただき、感動させていただきました」


 丁寧さはひしひしと伝わる。でも、そんなに何度も言わなくてもなどと、もぞもぞ違和感をもつ時がある。という私も「取材させていただき、お話を聞かせていただきました」。しょっちゅう口にしているのだけれど。

 耳にしない日はない、動詞に敬意を添える助動詞「させていただく」。基本的には相手の許可を受けておこない、そのことで恩恵を受けるといった時に使われる。そうでない時はあまり適切とはいえないと「敬語の指針」(文化審議会答申、2007年)で述べられたこともある。

 「えらそうに聞こえないように、失礼のないようにしたい。相手との距離をほどよくとれますよ、と丁寧な自分を示す便利な言い方ですね」と法政大学教授の椎名美智さん。著作も多く、このフレーズ研究の第一人者と呼ばせていただきます。昨年末に「『させていただく』大研究」(くろしお出版)を共著で出した。

 

 

 最近、こんなことがあったという。フードデリバリーを頼んだ時、配達の人が玄関で「カバンを下に置かせてもらい、お渡しさせていただきます」といい、丁寧に料理を差し出した。20代ぐらいの男性だった。


 切なくなるほどの気づかいが浸透している。椎名さんは身につまされた。


 様々な人の目がある。クレームが来たら仕事を失う。SNSで広まる。いばって見えないように、全方位に気をつかう世の中なのかもしれない。

 だから自分にいいことがあった時も、ことさら気づかいが働くのだろう。たとえば「受賞させていただきました」では「私なんかが……」という感じが出る。

 「お話しさせていただきます」も聞く。「相手を尊重する思い、敬意が底にあるのだと思いますよ」と椎名さん。あなたを意識していますよ、話していいですか、聞いてね。そんな思いがこもるというわけだ。

 この言い回しは明治初期には東京で使われていたという。発祥は関西というのが定説だ。もともと大阪などでは「させてもらう」「さしてもらう」と日ごろいう。「値引きさせてもらいます」「道案内させてもらいますよ」という具合だ。これが下地にあり、丁寧になって広まったのだろうと。

 そしていま、広く便利に使われている。「敬語体系の不備を補っていますから」。三省堂国語辞典の編者のひとりの言語学者、飯間浩明さんは明快にいう。

 要は謙譲語の話だ。「見る」は「拝見します」、「行く」は「おうかがいします」と習うけれど、多くの動詞はこのような不規則変化をしない。「着る」は? 「書く」は? 「させていただく」をつければ謙譲語にできる。「着させていただく」でいい。覚えやすくて便利で魔法のようだ。

 「言葉は必要に迫られて使われ、十分な働きをするんですね」

 では、こんなふうに使われるのは?

 「楽しい一日を過ごさせていただいた」

 「おいしく味わわせていただきました」

 それは「おかげさまで」の思いのこもったものではと飯間さん。「おかげさまで元気にしています、と言いませんか。それと同じようです。相手が何かを直接してくれなくても、あなたのおかげをもちましてという思い、敬う気持ちがこもっている」

 そんなふうに考えたことはなかったが、なるほどと思う。自分を支えてくれているものへの「ありがとう」がにじむ言葉。一方で、丁寧な私であると示す言葉。ネットなどで何かと批判にさらされやすい今、ちゃんとした人に見られなくちゃという意識が強まっているのかもしれない。働き者の言い回し、出番が多いわけだ。 (大阪編集局記者)