20世紀最大の歴史家、歴史哲学者として著名なイギリスのアーノルド・J・トインビー(1889年4月14日 - 1975年10月22日)は「挑戦と応戦の法則」(law of challenge and response)を提唱した。

 

トインビーは世界的著作『歴史の研究』を著したが、その編集後記に、文明の成長と衰退を精神的なプロセスと捉え、「人間が文明を獲得するのは、生物学的に優れた能力や地理的環境の結果ではなく、これまでにない努力をするように彼を奮い立たせる特別な困難な状況における挑戦への応戦としてである」と記している。

 

「進化」もこの法則に従うのだろう。「春秋」最後のパラグラフ、「生物学的な「進化」とは賢くなることでも身体の能力が高まることでもない。ただ生き残りに有利な姿に適応した結果をさす」もそのことを言っているように思える。

 

時代や社会状況、環境からの挑戦に対して、どう応戦し、それを受け入れ、適応し、新たな方向を見出していくか。そのプロセスと獲得した能力や成果、それを「進化」というのだろう。

 

(参考音源)中島みゆきー「進化樹」

 

 

(春秋)人類が地球の覇者でなくなる日が来るかもしれない 

2023年7月4日 日本経済新聞 春秋



 人類が地球の覇者でなくなる日が来るかもしれない――。本紙の連載「テクノ新世」が興味深い論を展開していた。史上初めて人知を超える人工知能(AI)が現れつつある。考えたり判断したりする行為を機械に肩代わりさせる結果、人間は衰える恐れがあるという。
 ▼脳は使わなくなれば、しだいに機能が低下する。想像できない未来ではない。実はかつて同じような現象が起きたとの説がある。狩猟採集時代が終わって農耕社会に移った後、ヒトの平均的な脳のサイズは小さくなった。約3000年前のことだ。2021年に米研究チームが発表した論文によると集団生活の影響らしい。
 ▼大勢がひとところに住み、分業の仕組みを整えることで、私たちは一人一人が高度な知識や技能をもつ必要がなくなった。みんなで知恵を出しあえばよいからだ。狩りのようなマルチタスクをこなしていた頃に発達した脳の機能はやがて失われ、縮んでいったという。ではこれを退化と呼ぶのかといえば、現時点では違う。
 ▼人類はそのやり方で環境に順応し、ここまで繁栄した。よく誤解されるが、生物学的な「進化」とは賢くなることでも身体の能力が高まることでもない。ただ生き残りに有利な姿に適応した結果をさす。問題は環境が激変する時だ。賢さを手放したヒトを未知の脅威が襲ったとしたら。進化だったかどうかはそこで決まる。