注意セットリストやコンサート内容に関する記載あり注意

 

 

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(2023年6月22日/筆者撮影)

 

2023年6月22日、東京・府中の森芸術劇場で開催された松山千春コンサート・ツアー2023春、ツアー22公演目。残すところ札幌での千穐楽2公演のみという最終盤での開催。

 

ツアースケジュールの後半に入らいないと調子が上がって来ない、パフォーマンスの質が高まらない…そういう傾向が強くなっている現在の松山千春ではベストなタイミングだった。

 

初日とか札幌などを除けば、チケットはほぼ間違いなく当選するようになったと思うが、もうひとつ大きな抽選がある。体調=気分がいい松山千春に当たるかどうか。この抽選はますますハードルが高い。

 

その抽選に当たった。体調=気分がよければ現実的にはまだここまでできる。嬉しくなった。本人が「今日は体調がいいぞ!」と言っていたとおり、松山千春だけでなく、参加されたみなさまが完全に一体となった素晴らしいライブだった。

 

 

松山千春のことだけ言えば、はっきり時点を示すことはできないが、近年稀にみる、5、6年前頃のようないい状態だった。5月19日、東京国際フォーラムで歌っていた松山千春とは100%別人と感じた。

 

この場にいられて幸せだ、この時間がいつまでも続くといいな…素直にそう思った。

 

セットリストは以下。その下に、私の40数年のコンサート参加歴の中ではワースト1だった5月19日の東京国際フォーラム公演(以降「フォーラム」と表記)の時のことも青字で少々交えつつ、府中公演の感動と残響などについて書いた。

 

<セットリスト>
府中の森芸術劇場

1.愛が全て
2.季節の中で
3. 銀の雨
4.かざぐるま
5.恋
6.慕情
7.祈り
(休憩)
8.STANCE
9.陽は昇る
10.良生ちゃんとポプラ並木
・私たちの望むものは
(アカペラワンコーラス一部)
11.こもれ陽
12.生命
13.我家
(アンコール1)
14.長い夜
15.俺の人生
16.車を止めて
17.人生の空から
18.大空と大地の中で
(アンコール2)
19.今、失われたものを求めて

 

ステージに登場する時に漂う雰囲気でだいたい体調は分かるが、昨日は生命力と勢いある雰囲気で「これはいけるなか?」と感じた。

 

冒頭「このあと俺は北海道の2つを残すのみ。北海道以外ではこれが最後のコンサートとなるので歌いきるぞ。歌う曲も府中用にした」(要旨)と元気に語っていた。「府中用の選曲」はそう言ってみただけだとその場で分かる(笑)。

 

高い音域が上がり切らない曲はいくつもあったが、音程を外すことはほとんどなく、歌唱は安定していた。

 

歌詞カードを凝視しているにもかかわらず歌詞を飛ばすようなことも一回もなかった。歌唱は後半に入れば入るほどよくなったので、聴いているこちらもとにかく終始安心できた。

 

また不調の時、本人が歌えていないと思った時に出て来る不自然で無理がある強いビブラートもほとんどなかった。あのビブラートの効かせ方は、歌えていないことの裏返しでありカムフラージュでしかない。それは客席にいてもよく分かるし、これが入るととにかく聴き心地が悪い。

 

 

フォーラムでは、多くの曲で音程を外しまくったため、歌詞は変わらないが、メロディだけ違う新曲を弱々しく何曲も歌っている状態と言ってよかった。フォーラムで今ツアー初演の「星屑の歌」を歌ってくれて嬉しかったがすぐに落胆した。「別の曲だろ、それ」…音程が外れメロディだけ新曲状態だった。

 

冒頭のトークで他のミュージシャンを名指しし、「お前に負けるようなコンサートはしねぇよ」と言っていた。本気7割、冗談3割で聞いていたが、その声と話している松山千春の雰囲気が弱々し過ぎて、その段階ですでに松山千春自身が負けていた。

 

 

どの曲もよかったが、とくに「かざぐるま」「恋」「祈り」「陽は昇る」「我家」「俺の人生」「今、失われたものを求めて」

 

今もまだ残響がある。

 

 

「かざぐるま」は聴きながら、初めて聴いた当時の情景が蘇ってきた。よく自分で弾き語りしていたことも。

 

「恋」の古川昌義氏のアコースティックが素晴らしかった。あの響きから何とも言えない懐かしさみたいなものを感じた。「古川はギャラが高い」(松山千春)と言うが、高いギャラを払って余りある超一流のギター。

 

「祈り」も心を込めて歌っていて沁みた。聴きながら、昔長く付き合ってくれていた彼女の顔が浮かんで、彼女の幸せをまた祈った。この曲で音程を外されたら、しらけて祈りはなくなる。

 

「陽は昇る」はフォーラムでは歌われなかったので、ここで聴けてよかった。歌が伝えるメッセージと世界観を、同じく古川氏のギターが300%引き出していた。

 

「我家」はその場で映像を録りたくなるぐらい素晴らしかった(録らないけど)。

 

「俺の人生」はパワフルに歌っていた。弱々しく上ずった声で歌ったらこの歌ではなくなる。古川氏と山崎氏のツインエレキがまたいい味を出していた。

 

「今、失われたものを求めて」は1983年春のツアー以来聴いた。この間に何回か歌われて来たが、私はたまたまその会場には参加していなかった。これも聴いていて、リリースされた1983年、高校1年の時の情景や、同年6月、山梨県民文化ホールで松山千春がこれを弾き語りで歌っているシーンなど幾つも浮かんだ。

 

調子がいい状態の松山千春が熱唱する「今、失われたものを求めて」、聴けて本当によかった。

 

熱唱し終わってマイクを大きく(高く)投げ捨てた。気持ちよく歌いきったのだろう。

 

(2023年5月16日東京国際フォーラム/筆者撮影)

 

しっかり歌えるかどうか、参加する前から一番の気がかりだった「STANCE」。無難に歌いきったので、何より安心した。

 

「STANCE」、フォーラムではアゴを出し弱々しく背筋を丸めながら歌詞カードを凝視し続けて歌っているのに歌詞を飛ばし、音程を外しまくって歌っていた。発声含めてどう見てもどう聴いても素人。今は素人でもプロ並みに歌う人がいるので、それ以下だった。「松山千春、こんなに歌、下手だったっけ?何やってんだ?」としか思えなかった。

 

この曲が今ツアー、パフォーマンスの不安定さを象徴していると思ってきたので、とにかく早い段階で別の曲に差し替えて欲しいと思い続けていた。

 

トークはどれももう何回も何回も聞いてきた内容ばかりだったが、私のシートの周囲に結構いた松山千春のコンサートに初めて来られた方々が、時に話しの内容に「へぇ~、へぇ~」と感心し、時に爆笑している声を聞いていたら、それはそれでいいのだと思った。

 

やはり先月開催された広島G7サミットを挙げて話していたが、内容的にはもう賞味期限切れ。サミットを題材にするにしても、サミット後目まぐるしく変わる情勢に目配せしつつ、世界の平和、安定などについてちょっとだけでも普遍化して話すべきだったと思う。

 

 

「松山千春の歌声は人生そのもの。これこそが本当の歌唱力」という見方がある。それは揺るがせにできない根源的なこと、松山千春に対するファンとしての誠意であり礼儀とも思っている。

 

だからと言って、音程を外しまくり、歌詞を飛ばしまくり、弱々しく痛々しく歌っている状態の中にいても、「目の前で千春が歌っているだけで幸せ。この声は松山千春の人生そのもの」と私は思えない。

 

私自身”千春の誇り”の自覚は弱いが、長年松山千春を応援してきた”並走者”の自覚として思ったのは…フォーラムでの松山千春のパフォーマンスは、理由はどうあれプロとして絶対にあってはならないものだった。

 

聴いている側に不安を与えるばかりでなく、それではフォークソングを自負する自分の歌に込めたメッセージさえ伝わらない。加齢や持病が影響していても、ある程度のレベルはキープする必要がある。

 

 

松山千春は6月18日放送の自身のラジオで

 

「最近、声がよく出ている。時々声が枯れている時がある。リハやって、”今日はこの声か。この声に合わせて…”そういうテクニカルなことができるようになった」(要旨)

 

と語っていた。

 

本人がそう言うんだからそれを否定はできない。でも、本人のその認識と、聴く側の感覚とでは結構ギャップがあるんじゃないかと思う。もちろん素人には分からないレベルで、歌う際にテクニカルな技法を取り入れているのかもしれないが。

 

個人的には、松山千春の場合、多少テクニカルな歌い方云々があったとしても、どこまでいっても体調=気分なのだと思っている。体調=気分さえよければ今回のように素晴らしい世界を作り出すし、もともと備えていた歌唱力の高さが、100%とまではいかないにしても、戻って来るんだと思う。どこまでいっても体調=気分次第。

 

加齢も持病も進行している。だからこそ体調=気分をよい状態に保つために、禁煙も必要だし、体に負担をかけない範囲でなんらか体力づくりをした方がいいんだろう。また、ツアーの合間にステージ以外のことで体力を消耗したり、具合が悪くなったりしないなど、しっかり自省と自制を日々積み重ねて、体調管理・健康管理に最大の注意を払うべきだとますます思う。

 

それがイコール「俺(松山千春)はどこまでいってもファンが第一だ」ということなんじゃないのかな。

 

府中公演が素晴らしかったと思いつつ、フォーラムのあの日を振り返ると、会場によってパフォーマンスレベルが極端に違うのは無くさないといけない。基本的には集まってくださった方とは一期一会。

 

 

もうひとつ。府中公演大成功の要因のひとつに会場の規模(キャパシティ)もあると思っている。1,500~2,000人程度の会場が松山千春には一番適している。

 

自分のことで恐縮だが、人前の話す機会が時々ある。話す内容は何人であれ常に同じレベルで練り上げるが、20人と400人とではやっぱり必要とするこちらの生命力というか内側から出すパワーが違う。変な意味ではなく、大人数であればあるほどこちらのパワーが吸い取られる感覚がある。

 

同列で見ていないが、松山千春の場合もそれと似たようなことを感じる。松山千春のライブスタイルの良い面を生かし、併せて進行する加齢と持病を考えると、東京国際フォーラムの5,000人は大き過ぎる。一体感を作りづらくなっているように思う。

 

 

それは本人が今年5月21日放送の自身のラジオ番組の中で言及している。

 

「東京(国際フォーラム)は、(声の)艶を出そうと思うんだけど、なんせ会館がデカいから。5000人ぐらい入るんだろう?足寄町民がみんな入りそうな会場だからな。一生懸命こう色気出そうと思ってもねぇ、なかなか出せないぐらいの。

だからほんとに思うよ。俺たち1,500人から2,000人の間のコンサート会場がやりやすい。ちょうどメンバー人と俺が歌って、客席と一体になりやすい。だから、広ければ広いほどいい、ってわけじゃなくてな」

 

東京23区内に2,000人ほどのホールがなかなかないのが難点だが、23区内で1会場。

 

府中でステージから本人が「今後、ツアーの中に東京都下、府中とかパルテノン多摩とか八王子とか日野などももっと入れてくれよ」とスタッフに要請していたように、東京市部で1会場。

立川市や日野市のホールはちょっとキャパが少ないし、パルテノン多摩も最大で1,154人。やっぱり府中(最大2,027人収容)か八王子(J:COMホール八王子/最大2,021人収容)のどちらかじゃないかな。

 

こういうスタイルで東京として2公演に切り替えた方がよりいいように感じた。

 

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(府中の森芸術劇場/2023年6月22日筆者撮影)

 

去年の春ツアー頃から実感し始めたことだが、松山千春のバックバンド、魂込めた素晴らしい演奏を続けている。今回は古川氏が加わったことでさらにパワーアップし、気持ちの面でも演奏の面でも松山千春を大いに、一生懸命盛り立てている。

 

ともあれ、冒頭に書いたとおり、かなり久しぶりに私の中に湧き上がって来た感情―「松山千春と同じ時間を共有し、同じ空間にいられることに幸せを感じた。いつまでもこの時間が続くといい。本当にいい時が流れた」

 

千春!頑張れよ!

千春!まだまだ!

 

松山千春―「まだまだ」(2013年)