(下の記事から抜粋)
「決め手は、戦争という緊急時にあっていかに政治プロセスの多元性と透明性を保てるかだ。(…)
民主的な社会で不満が出るのは当然だ。解決策に不満を抱く人も、その決定過程に自らが参加したという意識を抱けば、問題は長引かない。その人も、国の将来をつくる営みに加わるだろう。(…)
それこそがウクライナにとっての「勝利」なのだ。(…)勝利とは民主主義を戦争から守り、将来に結びつけるものでなければならない。(…)」
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2023年5月2日 朝日新聞 朝刊外報
「勝者なき戦争」、民主主義守ってこその「勝利」
ウクライナ出身、政治学者が考える
ロシアの侵攻に対し、占領された領土の奪還を目指すウクライナの戦いは続く。ただ、その先に待つ「勝利」とは何か。ウクライナ出身の政治学者カテリーナ・ピシコバさん(46)はあえて疑問を投げかける。その真意を聞いた。
■軍事的ではなく政治的に決着するだろう
――あなたは、この戦争を「勝者なき戦争」と呼んでいる。その意図は。
前例のない侵略戦争であり、ウクライナ側の戦いには国家の存亡がかかる。勝利に向けた人々の決意は固い。問題は、その戦いに伴う損失が膨大で、将来の市民の重荷となることだ。
多数の犠牲者を正当化できるか、次の世代に何を引き継げるか、今後国は繁栄するのか。問いかけは重い。
ロシアはウクライナに比べ、ずっと大きな軍事力と人口を持つ。また、戦場はウクライナであって、ロシアではない。ウクライナ経済は大打撃を受け、民間人の犠牲も大きい。長期的に見ると、この戦争はやはりロシアよりウクライナに被害を与える。
ロシアはそれを見越して戦略を立て、戦争の前線とは無関係のインフラを破壊し、ウクライナ全土を危機にさらしている。
――ロシア軍の被害も大きいが。
ロシアとウクライナとは、事情が全く異なる。
ウクライナの政治制度は堅固とは言えないものの民主的、合理的で、市民に開かれている。政治指導者の行動は制限され、国民の支持によって正当化されなければならない。
ロシアの指導者は、そんな手続きを踏む必要がない。ずっと大きな軍事力と人口を持ち、動員するにもその理由を説明する必要がない。
――戦争の行方は。
戦争の決着が戦場でつく例は、歴史的にほとんどない。片方がもう片方を軍事的に打ちのめすのはごく例外。いつか、軍事的ではなく、他の戦争と同様に政治的に決着するだろう。
政治決着とは、双方がある種の妥協をすること。限られたものを得て交渉の席に座る。今はどちらも座るつもりがないが、双方が軍事的なてこ入れを続けた後、手詰まりとなれば、政治的解決策が動き出す。
――ロシアはこれからどうなるか。
現在のロシアは戦争を遂行する全体主義体制で、スターリン時代に極めて似ている。欧米は、ロシア国内で戦争に反対する人々と接触を保ち、支援し、認識を共有することが大切だ。
権威主義体制は国内の緊張や政治紛争に対して、フェイクニュースをばらまきながら弾圧する以外の手法を知らない。柔軟性に欠けるため、安定しているように見えて、ある日突然、クーデターや権力奪取劇のような何かが起き、ドミノ現象となって全てが崩壊する。少なからぬ権威主義体制が、このような道をたどった。
――ウクライナで、戦いを続けるゼレンスキー政権が和平に転じると、市民の支持を失わないか。
決め手は、戦争という緊急時にあっていかに政治プロセスの多元性と透明性を保てるかだ。もし市民が納得し、政治と社会が結びついていると信じるなら、理想とは多少異なる政治的解決策を取らざるを得なくても、大きな批判には結びつかない。
民主的な社会で不満が出るのは当然だ。解決策に不満を抱く人も、その決定過程に自らが参加したという意識を抱けば、問題は長引かない。その人も、国の将来をつくる営みに加わるだろう。そうすれば国内の過激なグループが力を持つこともなく、戦争から平和への移行がスムーズに進む。
それこそがウクライナにとっての「勝利」なのだ。「あの領土を取った」「あそこも取った」だけではない。勝利とは民主主義を戦争から守り、将来に結びつけるものでなければならない。政府と市民に国際社会や市民団体も加わって、ダイナミックな動きをつくってこそ、真の勝利といえるだろう。
――あなたはウクライナ人だが、事態の分析は極めて冷静にみえる。
私は東部ハルキウの出身で、今も現地にいる父の身を案じている。父は侵攻初期、暮らしていたマンションを攻撃で破壊され、移転を余儀なくされた。ハルキウには親戚や友人もたくさんいる。今日は研究者として質問に答えたが、「戦争をどう思うか」と尋ねられたら、また違った答えになっただろう。
(ロンドン=国末憲人)
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Kateryna Pishchikova イタリア国際政治研究所准研究員、イタリア電子キャンパス大学准教授。専門は政治学、国際関係論。アムステルダム大学で博士号を取得した。=写真は本人提供
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【写真説明】
キーウ郊外ボロジャンカで、ロシア軍の砲撃で真っ二つに割れたマンション。多数が生き埋めになった=2022年4月10日、国末憲人撮影