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中島みゆき

3年ぶりのアルバム&「夜会」を大いに語る

 

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2023年3月17日音楽ナタリー

3年ぶりのアルバム&「夜会」を大いに語る

 

 

中島みゆきの通算44枚目となるオリジナルアルバム「世界が違って見える日」がリリースされた。

中島みゆきのアルバムリリースは、2020年1月発表の「CONTRALTO」以来3年2カ月ぶり。今作にはドラマ「PICU 小児集中治療室」の主題歌「俱に」、工藤静香に提供した「島より」とクミコに提供した「十年」のセルフカバー、吉田拓郎がギターとコーラスでゲスト参加した「体温」など全10曲が収録されている。

インタビューはアルバムの話から始まり、いつしか中島みゆきのライフワークとも言うべき「夜会」の話へ。「夜会」は1989年にスタートした、中島みゆきが原作・脚本・作詞・作曲・演出・主演を務める音楽舞台だ。彼女はアナウンサーといった“人間”に限らず、あるときはアマノウズメ、あるときは犬など、実に幅広い役柄に扮している。この「夜会」を始めた経緯やニューアルバムとの関係性、そしてコロナ禍で変わったことなど、話は多岐に及んだ。

取材・文 / 藤井徹貫

 

 コロナ禍で文通を始めました

 

(中島みゆきが重そうな大きなバッグを抱えて取材部屋に登場)

──すごい荷物ですね。

 

いつもこのまま海外に行けそうなくらい持ち歩いています。そのくせ何がどこにあるかわからなくなって、「あれ持ってる?」と、結局誰かに借りてしまうの。あはは。

 

──そうなんですね。インタビューを受けるのはひさしぶりですか?

 

3、4年ぶりです。インタビューに限らず、どなたかと直接お会いする機会も少なかったです。会議もリモートでしたし。ただ、あれもなかなか埒があかないのよね。あっちが固まった、こっちの声が聞こえないとか。なんとも言えない時差があるし。あのシステムもまだまだ。場の空気も読めない(笑)。

 

──リモート会議をやると思わなかったけど、コロナの影響でやらざるを得なくなり、やってみたら思うように進まなかったと。その逆はありましたか? やることになるとは思ってもいなかったけど、やらざるを得なくなり、実際にやってみたら、まんざらでもなかったこと。

 

いくつもあります。たとえば文通(笑)。レコーディングの打ち合わせをリモートで話すのは、今言ったみたいにしっくりこないので、だったら手紙を書こうと。アレンジャーの瀬尾(一三)さんをはじめ、いろいろな方たちとけっこうな量の文通をして、これはこれで悪くないな、と思いました。

 

──直筆ですか?

 

はい。ペーパーレス推進派の皆様にはお叱りを受けるかもしれないけど、悪くなかった。字のちょっとした勢いで伝わるものがあるから。ディスクジョッキーをやっていた頃、手書きと活字だと、伝わり方が違いました。手書きのハガキは、書いた人の感情がまんま出てる。それに合わせて読んでいました。手書きがワープロになり、メールになり、いわゆる活字になると、どこに感情を乗せたらいいのか迷うこともあります。

 

──文通というからには……。

 

はいはい。お相手からも手書きでお返事をいただきました。言葉にしてなくても、文字から伝わる主張がありました。そう書いてあるわけじゃないけど、「今、忙しくて、それどころじゃない」って言いたいんだなと、文字が物語っていたり。アナログだし時間はすごくかかるけど、これありかもね、やる価値あるなと思いました。

 

──タイパだけでは測れないですね。

 

スタジオで顔を見合わせながら言葉を交わしたらもしかしたらケンカになりかねないことも、ちょっと落ち着いて文章にすることでうまく伝えることもできます。文字は怒っていたとしても、やり取りする間に、お互い冷静になれることもあるし。手書き文字と、やり取りする時差が今回のアルバム制作では有効でした。書いた手紙をうちのスタッフが人力でお届けしたり、受け取りに行ったり。伝書鳩というかUber Eatsみたいなものでした(笑)。

 

──お手紙デリバリー。

 

自転車でね(笑)。

 

 生身の演奏は直筆の手紙に似ている

 

──ニューアルバムの具体的な内容についても質問させてください。1曲目の「俱に」から驚きました。シングルやドラマ「PICU 小児集中治療室」の主題歌として耳にしていたので、すでに知っている曲なのに、まったく違って聞こえたからです。耳に残る言葉、みゆきさんの歌い方、息づかい……。

 

 

シングルは、ドラマのイメージが強かったので、ドラマと重ねて聴きますもんね。でもアルバムには、あのドラマの要素はまったくないので、違うものを歌っているように聞こえるかもしれません。もともとこの曲はアルバムのための1曲として書きました。ドラマ主題歌のお話をいただいたとき、すでにアルバムのレコーディングが始まっていて、とても新曲を書けるタイミングではありませんでした。そうしたら「アルバムの収録候補曲でも」という提案をいただき、「俱に」だったらあのドラマに使えるかもしれないと聴いてもらい、採用されたという経緯です。だから、「俱に」がアルバムに収録されて、里帰りしてくれた気がしています。

 

──先ほど“人力”というワードが出ましたが、ニューアルバムもしかり、みゆきさんの作品はミュージシャンの生演奏、つまり人力が中心ですよね。

 

コンピューターを使って、すべて1人でアレンジできる方もいらっしゃいますが、私はできないし、それをやっても楽しくないからです。もしも自分がコンピューターに打ち込んでも、意外な音、意外なフレーズはあまりないのかもしれません。頭の中にある音が実現するだけ。それも素晴らしいけど、生身のミュージシャンが演奏すると、意外なものが出てきます。たとえばドラムの島村(英二)さんが「そうくるか!?」みたいな、予定調和じゃない演奏をしてくれたら、それに煽られて歌い方が変わることもしょっちゅうです。ドラムに限らず生身の演奏は、さっき話した直筆のお手紙と似ています。

 

──歌詞とメロディと演奏の感情をシンクロさせるのがみゆきさんのボーカルレコーディングのようですね。

 

事前に完成形のイメージがあっても、歌ってみないとわからない点がたくさんあります。メロディラインにしても、実際に声にしてみたら、譜面に書いた音じゃないところへ行くことだってあります。ひらめきと言えばカッコいいけど、出たとこ勝負(笑)。そういう箇所はいっぱいあります。早い話がミスっても、聴き直して、「これいいよね」となったらそっちを採用。正確さが重要な箇所もあるので、そこでのミスはさすがに歌い直しますけど。

 

──「乱世」の中の「風が笑ってるよ」のボーカルは計画通りですか? それとも突然変異ですか? 言葉が風に吹かれているような歌い方でした。

 

あそこは計画と出たとこ勝負が混じっています。

 

──今の話だと、みゆきさんの歌は即興性も重要なファクターなので、ニューアルバムの収録曲をライブで歌うときがきたら、CDなどのレコーディング音源と違うものになるかもしれないですね。

 

そういうことになります。というのは、レコーディングした通りに歌うだけなら、ただのコピーになってしまうから。コピーだけならAIのほうがきっとうまいですよ(笑)。自分をコピーして歌っても、自分の歌いたい歌ではないって気持ちは、「夜会」を始めるきっかけの1つになっていたかもしれない。「夜会」を始めた頃、80年代末、世の中のコンサートの風潮として、ここはお客さんが一緒に歌うとか、ここでは手拍子するとか、いろいろ決まっていることに違和感を覚えていました。いわゆるお約束ってやつにね。でも、それが普通だったので、イントロからアウトロまでCDと同じようにやらないと、お客さんとしては裏切られた気持ちになっていたと思います。

 

──J-POPのコンサート全般の風潮でしたね。

 

お約束に違和感を覚えているなら、お約束から脱線すればいい。でも、お客さんが置いてけぼりにされた気持ちになるのはよくない。だったら、何かのストーリーの中で劇中歌として歌えば、アレンジやサイズがCDと明らかに違ってもいいんじゃないか、歌い方や歌詞の聞こえ方が違ってもいいんじゃないかと。「夜会」がスタートする頃、そういう思いを抱えていました。

 

 「ここブチ切れてください」

 

──「夜会」の話題が出ましたが、「世界が違って見える日」は夜会的なアルバムだと思います。意識されましたか?

 

意識していませんでした。

 

──「夜会」のタイトルと劇中歌、ニューアルバムのタイトルと収録曲、それぞれの関係が似ているのではないですか?

 

そう言われると、なるほどと思います。「世界が違って見える日」というタイトルもストーリーものみたいだしね。

 

──収録曲同士も裏でつながっているようにも聞こえます。

 

いや、裏どころか、表でもつながっています。7曲目の「噤」(つぐみ)と8曲目の「心月」(つき)には曲間がありません。つなげてあります。「噤」が「心月」のイントロのような役割なので。

 

──ということは、本体は「心月」ですね。

 

はい。

 

──その「心月」を聴き、SEらしき音が1カ所入っているのに気付きました。

 

うんうん。

 

──その音に気が付くと、ギターソロがまったく別の意味を持ちました。まさに世界が違って見えたような……。

 

あのギターソロは最初もっと音楽的というか、いつもの(古川)望さんらしく丁寧な演奏でした。でも、私の「ここブチ切れてください」というオーダーで一変しました。私から瀬尾さんにお手紙を書いて、瀬尾さんが望さんにそのまま伝えたか、少し柔らかくして伝えたかはわかりませんが、私の願い通りのギターソロになりました。

 

──「音楽とSEの狭間にあるソロに聞こえました」と言っては、古川さんには失礼でしょうか?

 

失礼どころか、そう言ってもらえたら喜ぶかも。

 

──CDのブックレットに歌詞に加え、いくつか補足事項も掲載されていますね。

 

「心月」の意味というか注釈というか……。慣れない言葉ですから。あれは自分で書きました。

 

──アルバムタイトルについても短い文章が掲載されていましたが、どのような意図で書かれたのですか?

 

大きな誤解になってしまいかねないところだけ注釈を書いておいたほうがいいかなと思ったので。「夜会VOL.20『リトル・トーキョー』」のパンフレットに登場人物の系譜を描いたことがあって、あれと同じ。極論したら、なきゃないでもいいけど、あればあったでわかりやすい。ま、作者のお節介(笑)。

 

 

 これ拓郎さんのアルバムだっけ?

 

──ところで、「体温」には吉田拓郎さんがギター&コーラスで参加されていますね。みゆきさんから手書きの招待状を出したのですか?

 

いえいえ(笑)。瀬尾さんと拓郎さん、大先輩お二人でお決めになったことです。レコーディングスタジオではお二人の果てしなく続く漫才で、大笑いさせていただきました。で、せっかく拓郎さんにギターまで弾いていただいたので、それがハッキリ聞こえるミックスにしてあります。それにしても拓郎さんはやっぱりすごい。拓郎さんの声が出てきた瞬間、「これ拓郎さんのアルバムだっけ?」と思っちゃうくらいかっさらわれますから。

 

──「体温」はフィル・スペクター的なポップなサウンドで、みゆきさんのボーカルも軽やか。なので、アルバムの中でコーヒーブレイクの役割にも思えますが、実は肝なのではないですか? あの歌詞の一節、「将来だけが非常口」がニューアルバムのもっとも大切なメッセージではないですか?

 

そこも含め、どこも大切です。聴いてくださる方、それぞれの体験によって、どの言葉をキャッチするかは違うでしょうね。思い浮かべる情景も違うだろうし。

 

 私、しつこい女なんです

 

──セルフカバーの2曲についても質問させてください。まずは工藤静香さんに提供した「島より」。あのボーカルは、「夜会」でさまざまな役やさまざまな表現をしてきたみゆきさんならではですね。

 

「夜会」も確かに足しにはなっていると思います。というのは、自分の喉に都合がいい歌を書くわけですよ、普段は。でも「夜会」だと、都合が悪いところも使わないと物語にならない。なので、いろいろな喉や声の使い方が鍛えられたのは事実です。その点でも、このアルバムは「夜会」に近いかもしれないね。

 

工藤静香―「島より」(OfficialVideo) ※筆者挿入

 

──ボーカルのスタイルとしてウイスパーという歌唱法でいいですか?

 

はい。とにかくウイスパーは疲れる。普通に声を出すのと同時に息も出すから、肺に負担を感じます。実は、普通に声を出して歌ったテイクもあったけど、聴き直してみたら、何か違う。主人公の気持ちがうまく出てない気がして。そこでウイスパーで試してみたら、「あ、これだったのか!」とジャストフィットしました。

 

──2003年に発表された「恋文」など、ウイスパー曲だけのコンサートの可能性はありますか?

 

ありません(笑)。ライブでは難しい。声というか、実音の成分が少なくて空気の成分が多いので、PAがハウリングを起こしそう。息のニュアンスまでは拾えないでしょうね。

 

──では、もう1曲のセルフカバー「十年」について。クミコさんへの提供楽曲です。

 

私用に1カ所歌詞を書き直したのお気付きでしょうか?

 

──え? どこですか?

 

最後の最後。「ただ咲いていた」を「ただ咲いている」にしました。たった1文字ですが、換えました。私、しつこい女なんです(笑)。「た」だと、そこまでの歌のすべてが過去の思い出になります。「る」となると、まだまだ終わっていない。最初に歌詞を書いた時点で、「た」か「る」の選択肢が自分の中にはありました。でも、クミコさんを執念深い女にしたくなかったので、優しい思い出を歌っている歌詞にしました。私の場合、どうせみんな「あいつは執念深い」と思ってるだろうから、いいの、「る」で歌おうと(笑)。

 

──たった1文字で歌の世界が違ってくる。

 

不思議だね。

 

クミコー「十年」(公式MV) ※筆者挿入

 

──不思議と言えば「天女の話」です。親友か幼なじみの女性と会っている歌なのに、その人の容姿がひと言も書いてない。

 

そうだっけ?

 

──「えみちゃん」と具体的な名前まで出てくるのに、右の目尻に泣き黒子があるとか、小さな団子鼻とか、そういう描写がまったく出てこない。

 

でもね、レコーディングのとき、ミュージシャンが「あ、俺、このままの人を知ってる」と言ったんですよ。

 

──そうなんです。歌を聴いていると、確実にその姿が見えてきます。書いてないのに見えるのが不思議です。

 

実は、今、指摘されるまで書いてたつもりでいました。でも、書いてないですね。身長とか、髪型とか。

 

──もう1点の不思議は締めの1行。「心斎橋まで1時間」。

 

ダメ?

 

──その前に「人間なんて小さいね 小さいね」があるから、普通はそこで終わりませんか?

 

それはきっと私が音楽理論を学んでいないゆえの奔放さ。これもミュージシャンから同じ質問が出ました。「ここで終わっていいんですか?」と。「次の『人間なんて小さいね 小さいね』の譜面が抜けてるんじゃないですか?」と。自分では、しっかり着地したつもりでいたんですけどね。

 

──中島みゆきの歌詞は完璧な印象が強いですが、オーソドックスなものばかりではないですよね。お約束に縛られないから、衝撃もあるし、胸に深く刺さるし、人間臭い。

 

取っ散らかってんのかな? 性格的にも散らかしっぱなしだし(笑)。挨拶代わりのバッグの話もそうだけど、コンサートの楽屋だと、あるべきものがあるべき場所にあるようにスタッフが片付けてくれています。それを私がまた散らかしてしまう。歌にもそういうところが出てたりしてね(笑)。

 

 プロフィール

中島みゆき(ナカジマミユキ)

1975年にシングル「アザミ嬢のララバイ」で歌手デビュー。続く2ndシングル「時代」で世界歌謡祭グランプリを受賞する。その後も「わかれうた」「悪女」「空と君のあいだに」「地上の星」など数々のヒット曲を産み続け、1980年代から2000年代まで4つの時代でオリコンシングルチャート1位を獲得。さらに提供曲では2010年代も加えて5つの時代で1位獲得の記録を持つ。1989年には原作、脚本、作詞作曲、演出、主演のすべてを中島が務める舞台「夜会」をスタートさせ、自身のライフワークとして親しまれている。2020年に全国ツアー「中島みゆき 2020ラスト・ツアー『結果オーライ』」を実施するも、新型コロナウイルスの影響で全24公演中8公演での終了を余儀なくされる。2022年11月にシングル全91曲の配信を各ストリーミングサービスにて開始した。2023年3月に44thアルバム「世界が違って見える日」と初のインストベストアルバム「歌がなくても聞こえてくる『中島みゆきの音楽集』~こころに寄り添う24の旋律~」を同時リリースした。

 

中島みゆき ニューアルバム『世界が違って見える日』特設ページ

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