『聞く技術 聞いてもらう技術』
東畑開人/2022年10月10日刊

ちくま新書

 

 本書紹介

 

聞かれることで、ひとは変わる。
聞くための小手先の技術から、聞いてもらうことに備わる深いちからまで、
20年近い臨床経験から学んだことをすべて書く。読んだそばからコミュニケーションが変わる、革新的な一冊。

「聞く」は声が耳に入ってくることで、「聴く」は声に耳を傾けること。
「聴く」のほうがむずかしそうに見えて、実は「聞く」ほうがむずかしい。
「聞く」の不全が社会を覆ういまこそ「聞く」を再起動しなければならない。
そのためには、それを支える「聞いてもらう」との循環が必要だ──。
ちくま新書本書紹介㌻

 

 著者メッセージ



(著者/朝日「良書良日」から)

 

世の中にはたくさんの素晴らしい「聞く技術」本があるわけですが、
心理士としてひとつだけ不満がありました。
「聞く技術」を必要としているときほど、
実は技術なんか使っている余裕がないことです。
たとえば、パートナーや家族、同僚などの身近な人間関係で揉めているとき、
あるいは政治や社会課題をめぐって敵と味方が二分されるとき、
本当は対話が必要なときこそ、僕らの「聞く」は不全に陥ります。
相手の話を聞いていられなくなる。
そういうとき、必要なのは、「聞く技術」ではなく「聞いてもらう技術」です。
僕らが話を聞けなくなるのは、僕ら自身の話を聞いてもらえていないときだと思うからです。
「聞く」はふしぎです。聞くための小手先の技術から、
聞いてもらうことに備わる深いちからまで、
20年近い臨床経験から学んだことを、すべて書いてみました。
東畑開人

 

 

 本書から

 

 「聴く」よりも「聞く」のほうが難しい。
心の奥底に触れるよりも、懸命に訴えられていることをそのまま受けとるほうが ずっと難しい。(本書11㌻)

 

 あなたが話しを聞けないのは、あなたの話を聞いてもらっていないからです。心が追い詰められ、脅かされているときには、僕らは人の話を聞けません。

 ですから聞いてもらう必要がある。

 話を聞けなくなっているのには事情があること、耳を塞ぎたくなるだけのさまざまな経緯があったこと、あなたにはあなたのストーリーがあったこと。

 そういうことを聞いてもらえたときにのみ、僕らは心に他者のストーリーを置いておくためのスペースが生まれる。

「聞く」の回復とはそういうことです。(同19㌻)

 

 国が対策を行う五大疾患に精神疾患が入っているように、誰もが心を病むリスクにさらされていて、メンタルヘルスが深刻な社会問題になっています。

 メンタルヘルスの本質って、結局のところ「つながり」なんですね。

 脳の研究がすさまじく進み、心の仕組みについて膨大な論文が書かれているわけですが、なんだかんだ言って、善きつながりをもてることが心の健康には不可欠だというシンプルな現実があります。(同96㌻)

 

「俺もお前みたいに苦しんだことがあったけど、昼も夜もなく働いて、乗り越えたんだよ」みたいな昭和的な話は、どうしても敬遠されがちな時代を僕らは生きているわけです。

 昭和の世間知と令和の世間知が大きく変わってしまったんですよね。

 (…)「世間知」とは、世の中とはどのような場所で、人生にはいかなる酸いと甘いがあるのかについての、ローカルに共有された知のことでした。

 今では世間知は複雑です。

 同じ会社の先輩と後輩でも、全然違った世間を生きていて、一見同じ場所にいるように見えても、全然違った問題に直面しているわけです。

 ですから、先輩の世間知がたくさん詰まってありがたいお話が、後輩にはただの自慢話とか説教にしか聞こえないわけです。

 いわゆる時代が変わったというやつです。(同174~175㌻)

 

 所感

 

私の周囲にも”この人は人の話を聞けないな”と思う人がいる。自分の意志で”聞かない”わけではなく、面と向かっていてこちらが話をしていても”聞けない”人。

 

こちらが相談を持ち掛けているにも関わらず、こちらが発した一言を取り上げて、すぐに自分の経験を長々と話し始める。結果的に、話しを聞いてもらいたくて相談を持ち掛けたこちらが相手の話をひたすら聞いているという倒錯した時間がそこに流れる。

 

人の話を聞けない原因は、何らかの事情で、これまで自分の話を聞いてもらったことがほとんどないことにある。話を聞けるということと、自分の話を聞いてもらうことはイコールの関係にあると言える。

 

本書でも述べているように「聞く」「聞いてもらう」ことの基本には、ある程度濃密な「つながり」があり、日常的に「コミュニケ―ション」がないと成り立たない。有り体に言えば「日頃からのつながりが大事」

 

現代における人間関係の本質と溝を言い当て、そこを埋めるように分かり易い言葉と表現で綴り進めている。

本書を通して、まず人の話を「聞く」、そして相手の事情を分かったなんて到底言えないけれど「分かろうとする」自分でありたいと思っているその姿勢を改めてブラッシュアップできた。

 

トータルでたった249㌻の中に、その数百倍の内容が詰まった、しかも分かり易く伝える、現代人必読の一冊と言っていい。