「人権と国家
―理念の力と国際政治の現実」
(筒井清輝/岩波新書/2022年2月18日)
今や政府・企業・組織・個人のどのレベルでも必要とされるSDGsの要・普遍的人権の画期的入門書。第43回石橋湛山賞受賞(2022年)
今や政府・企業・組織・個人のどのレベルでも必要とされるSDGsの要・普遍的人権の理念や制度の誕生と発展をたどり、内政干渉を嫌う国家が自らの権力を制約する人権システムの発展を許した国際政治のパラドックスを解く。冷戦体制崩壊後、今日までの国際人権の実効性を吟味し、日本の人権外交・教育の質を世界標準から問う。(本書紹介欄から)
(もくじ)
はじめに
第1章 普遍的人権のルーツ(18世紀から20世紀半ばまで)――普遍性原理の発展史
Q.人権理念や制度はいつ生まれたものなのか?
1 他者への共感と人権運動の広がり
2 二つの世界大戦と普遍的人権の理念
第2章 国家の計算違い(1940年代から1980年代まで)――内政干渉肯定の原理の確立
Q.なぜ国家は自らの権力を制約する人権システムの発展を許したのか?
1 国際政治のパラドックス
2 冷戦下の新しい人権運動
第3章 国際人権の実効性(1990年代以降)――理念と現実の距離
Q.国際人権システムは世界中での人権の実践の向上にどの程度貢献したのか?
1 冷戦崩壊後の期待と現実
2 21世紀の国際人権
3 人権実践の漸進的な向上
第4章 国際人権と日本の歩み――人権運動と人権外交
Q.日本は国際人権とどのように関わり合ってきたのか?
1 日本国内の人権運動の歩み
2 同化から覚醒へ
3 日本の人権外交と試される「人権力」
おわりに あとがき
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国際政治やビジネスの舞台で、身近な生活の中で、「人権」という言葉が人々の耳目を集めている。しかも自分自身や自分が所属する社会集団の中でのそれだけではなく、それらの外にいる人々や、物理的には遠い他国の人々の人権についても関心を示すようになった。
著者は「人権」を人道主義的な思想と区別し、二つの視点(二つの柱)で定義する。
一つは「普遍的人権は誰もが人間であるというだけで持っている権利である」とし、かつ「人が人であるだけで、宗教、人種、民族、ジェンダー、階層、信条などに関わりなく、基本的な人権を保障されているという思想」であるとする(同書5㌻)。さらに普遍的人権の考え方は「内集団と外集団の区別に関わらず、一定の人権は誰にでも保障されなければならないとするものである」(6㌻)。
二つ目は、上記の理念を展開し「他国での見知らぬ人に対する人権侵害であっても、内政問題であると無視してはならないという内政不干渉肯定の原理」であるとする(8㌻)。
「二つの柱」を国際社会で最初に規定したのは1948年の「世界人権宣言」。それは「革命的な思想」(5㌻)であり、「人類の歴史の中でも画期的なものであった」(同)。
もくじにあるとおり、人権思想発展の歴史やその過程で実際に世界各地で起きたジェノサイドや紛争などを紹介しつつ、「人権」を多角的に精緻に論じている。
本来そこに存在するものとして、また理想として掲げ続けているものである「人権」を現実世界で実現するには、常に大きなハードルが存在する。人々の意識、社会制度、国家としての捉え方、国際舞台の場でのパワーバランスなどに常に左右されてきた。とは言え、実現不可能な理想論として片づけられないテーマであることは論を待たない。現在に至るまで理想を現実に近づけようとする様々な努力の蓄積があったからこそ、ここまで人権思想が定着してきたわけである。
著者は力説する。
「国際人権に関わる場合には、この理想と現実のギャップを常に意識し、それに絶望することなく、また理想の即時実現に過度の期待をすることもなく、冷静に人権の現場で対処しなくてはならない。国際人権の実効性の限界を理由に、国際人権の枠組みそのものを否定するような見解には同意することができない。なぜなら、理念が生き続けている限りは、長期的な実践の改善の可能性は残されているからである。理想と現実のギャップが埋まらないから、理想を捨ててしまえというのであれば、何のための理想か分からない」(同222㌻)
詳細は省くが、今後国際人権をより有効的に現実社会に実現していくうえで重要になるのが「企業」であり「市民社会」であるとする。そして日本への期待を述べる。
「軍事力で世界をリードしようという志向の薄い日本だからこそ、経済力を立て直した上で、「人権力」で世界の先頭に立って、国際人権の発展に貢献するというのはこれからの日本にとって大事な指針の一つになりうるのではないだろうか」(同209㌻)
「欧米でポピュリズムの台頭によって国際人権へのコミットメントが揺らぐ中で、日本は比較的ポピュリズムの影響を受けていない。これをチャンスと捉えて、日本が国際人権のリーダーとなり、国際社会でルールメイキングの中核を担えるような日が来ることを願いつつ本書を閉じたい」(同227㌻)