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稲盛和夫氏、側近らが見たカリスマの素顔
経営哲学は死なず
2022.9.1日経ビジネス
岡田 達 他2名(日経ビジネス記者)
京セラを世界的企業に育て、日本航空(JAL)を再建した稲盛和夫氏。経営哲学の神髄をくみ取ろうと、多くの経営者が教えを請い、影響を受けた。稲盛氏を近くで見ていた京セラ側近や盛和塾塾生が、カリスマの素顔を語る。
「巨星落つ」。経済や政治など日本社会に大きな影響を与えた希代の名経営者の訃報に、功績をたたえる声、悼む声が相次いだ。
パナソニックホールディングスの楠見雄規社長は、8月30日昼過ぎ、テレビで流れた字幕にはっとしたという。「非常に尊敬する経営者の一人が亡くなり、心に穴が開いたようだ」と追悼した。ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長は「ポストコロナ時代にますます存在感を発揮されるものと思っていた。とても残念でならない」と悔やんだ。
数多くの著書が翻訳されている稲盛氏の訃報は、中国でも大きく報道された。中国共産党系メディアの環球時報などは、日本での速報を引用する形で速報。中国国営の新華社は、JALの再建を主導したことや日中友好に力を注いできたことなど、稲盛氏の功績に触れた。
中国版ツイッターの微博(ウェイボ)では「尊敬に値する日本人」「偉大な起業家、最高」「尊敬に値する人物で彼の本をかなり読んだが、とても刺激的だった」と好意的な声が相次いだ。
逆境の経営者だった。
誰も知らなかった京セラを世界的なICパッケージの企業に育て上げ、通信自由化で巨大独占のNTTに挑み、破綻したJALを再生──。強烈な向かい風をはねのけながら稲盛氏が紡いだ言葉は、今なお多くの経営者を引き付ける。
稲盛氏は人生や経営の経験から導き出した独自の経営哲学を唱えた。「人間として何が正しいか」を基本に、倫理観や社会的規範を重視し、「動機善なりや、私心なかりしか」「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」など分かりやすい言葉に落とし込んだのが「京セラフィロソフィ」だ。
この経営哲学を土台に、組織を小さな単位に分けて採算管理を徹底させる「アメーバ経営」を生み出した。各リーダーが計画を立て、メンバー全員で知恵を絞り、努力し、目標を達成する。リコーの山下良則社長は「社員に責任を持たせれば働く意欲も増す、という考え方に大いに感銘を受けた」と話す。同社が2021年にカンパニー制を導入したのは、社員が自分たちの責任を持ち、モチベーションを高めてもらう意味があったという。
リーダーに説いた熱意と数字
「善きことは必ず成功する」。京セラで稲盛氏の側近だった大田嘉仁氏(現MTG会長)が、約30年前に秘書となったころ稲盛氏から渡されたメモにはこんな趣旨の一文がある。きちょうめんな性格が伝わる字体で、大田氏は大切に保管している。
「人生は必ず、つじつまが合う。善きことをすれば善きことが返ってくる」と稲盛氏は常々、口にしていた。大田氏は「科学者で技術屋。計算が合うことしか信じなかった」と振り返り、合理的な人物だったと評する。
稲盛氏は生前、「利他の心」が重要だと説いた。10年、破綻したJALの会長として無報酬で再建に乗り出したのもその哲学が背景にあった。大田氏は会長補佐として、稲盛氏とともに再建に取り組んだ。
破綻直後のJAL社内は殺伐としていた。役員同士は一言も言葉を交わさない。統括する部署が1円でも多くの予算を獲得することこそが最優先事項と言わんばかり、足を引っ張り合っていた。
「人間は暗いと失敗をする。明るい人が成功する」。大田氏が渡されたメモにはこんな言葉もある。人を妬んだり、揚げ足を取ったりせず、素直に長所を認められるというのが彼の言う「明るい人間」だ。「自分の辞書にはネガティブな言葉は入っていない、ともよく話していた」(大田氏)
妬みそねみは人間の成長を止める。ライバルをけなして自分の価値を相対的に高めるのではなく、ライバルの能力を心から称賛しつつ、それを上回ろうと努力することが重要だと考えていた。稲盛氏は、JALを助け合う文化に染めようと試みる。
10年6月、「リーダー教育」が始まった。役員や将来の幹部候補生など50人ほどを対象に、リーダーのあるべき姿を説く。1回3時間ほどに及ぶこともある研修をひと月の間に17回実施した。稲盛氏から教育の設計などを任されたのが大田氏だ。
「社員を大切に、幸せにしないと良い経営はできない」。稲盛氏はその哲学を、鬼気迫る勢いで役員らに説いた。あるとき、風邪をひいた稲盛氏が、せき込みながら講義した。「俺は血を吐くような気持ちで講義している。だから真剣に聞いてほしい」。研修は一気に引き締まった。
いつしか稲盛氏の周りに自然と役員らが集まるようになった。稲盛氏の哲学は青臭い、経営はもっと難しいもの、成り上がりだ──。JAL社内に巣くうそんな「垢(あか)がはげ落ちていった」と、大田氏は振り返る。
次に稲盛氏は「数字に強くないといけない」と説いた。経営状態がどうなっているのかが分からなければ、再建に向けた社員のやりがいは生まれない。こうした稲盛氏の哲学がバラバラの組織をつなぎ、ひと月の研修を経て「強烈な一体感を持つようになった」(大田氏)。
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稲盛和夫氏の『経営12カ条 経営者として貫くべきこと』 ついに刊行!
「これさえ守れば、会社や事業は必ずうまくいく」──。実践のなかから生み出された経営の要諦である稲盛和夫氏の「経営12カ条」。その真髄をあますところなく語った書籍がついに刊行。『稲盛和夫の実学』『アメーバ経営』に続く「稲盛経営3部作」、ここに完結。
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