松山千春

「いつの日か」

アルバム『明日のために』収録

(1985年7月10日)

編曲:瀬尾一三
 

いつの日か人は

気がついて嘆く

「遅すぎた 何もかも」

 

何もできないで

すべての終わりを

恐々と待ちうける

 

誰も求めてたわけじゃないさ

けれども誰もが気づいてはず

 

 

ごらん跪き

神様に祈る

人びとを踏みつけて

 

権利も自由も

平和も願いも

粉々に踏みつけて

 

誰も求めてたわけじゃないさ
けれども誰もが気づいてはず

 

松山千春―「いつの日か」

 

 

松山千春が作った平和を願う歌、歌詞から明確に読み取れるこのカテゴリの歌は、これが初めてじゃないか、と思う。

 

その後「時代」「君は僕」「兵士の詩」「最後のチャンス」「LaLaLa」などを残し、さらには「TOUR」「生きている」「淡い雪」などではスケール大きく平和や人々の安穏を願い、争いを起こす人間の生命の本質を歌う。

 

これらはどの曲も一本筋が通っていて、ファンとして世間に向かってアピールできるいい歌(歌詞)だと思っている。

 

 

8月9日は77年となる「長崎原爆の日」

 

今年の祈念式典、長崎県警は安倍元総理大臣が銃撃されて死亡した事件を受けて、要人が集まる大型テントの中に、私服の警察官に加えて制服の警察官も配置する方針を決めたと発表した。「見せる警備」体制も敷いて、犯罪の抑止効果を高めたいと言う。

 

ニューヨークの国連本部で開催されているNPT(核拡散防止条約)再検討会議で長崎市の田上市長が演説し「長崎が最後の戦争被爆地になるように」と訴え、国際社会に向けてあらためて核兵器廃絶を訴えていた。

 

アメリカ実質ナンバー3のペロシ米下院議長の台湾訪問は、即座に中国が反発、軍事的な抗議行動を行うなど、米・中・台の新たな緊張関係を生んでいる。

 

今も続くロシアによるウクライナ侵攻。情報が錯そうしているが、ウクライナ南東部にある欧州最大規模のザポロジエ原発が6日夜、攻撃を受け、関連施設に被害が出たと言う。

 

この原発では5日にも砲撃があり、ロシア軍とウクライナ軍、それぞれ相手が攻撃したと非難合戦を展開している。

 

世界の平和、人々の安穏を祈らずにはいられない。

 

 

いちファンとしての意見だが、松山千春2022年春のツアーでは、私が考える「フォークシンガー」として上に挙げたような曲を歌うべき背景は整っていたと思うが、歌わなかった。

 

ウクライナについて、ある日本の国会議員の見解を引用しながら熱を込めて語った。「歌詞は恋愛の内容だけど」と前置きして、ウクライナ国花という意味合いで自身の「ひまわり」を全19公演中16公演で歌ってはいたが、正直なところ私には”トークで勝負して、歌で勝負していない”と映った。

 

参加したファンの方々、また参加せずともセットリストを見た方々の心が大いに震えたセットリストの会場もあったが、それは主に2日間公演の2日目や、ツアー終盤に多かったように思う。

 

これまでになく、会場によりパフォーマンスの高低、濃淡がはっきりと現れたツアーだったと感じている。

 

理由は様々あると思うが、今後自分が参加する公演では、どういう気分と体調の松山千春に”当たるか”…そんな新たな”抽選”が始まる予感がした。

 

 

一部は恒例のライブソング中心、二部は歩いてきた45年を振り返り、応援してくれるファンへの感謝とともに、これからも歌い続ける決意を込めた構成だったと認識した。

 

セットリストでほぼ固定化している一部でのラブソングはいつでも歌える。二部はそのままで、この一部で平和を願う歌をとおしてフォークシンガーとしてのメッセージを伝えて欲しかった。

 

もちろん、40数年の応援歴から、ファンや状況が期待しているからこそあえてそうしない、という松山千春本人の思考パターンのようなものを理解しているが、今こそ歌うべきだったと。

 

世界は日々動いている。「今、秋のツアーの曲を決めるために自分の曲をあらためて聴いている」と言っていた。

 

ここまで来ると1回1回のライブがより貴重な機会になっているからこそ、これまでのツアーでのセットリストとの重複を極力避けて、今こそふるさとや周囲の人々を歌った歌、人生を歌った歌、平和を願った歌を待っている。

 

他のミュージシャン達もこの時代状況と対峙し、その人なりに必死に頑張っている。


「遅すぎた 何もかも」と言わない社会実現のために、松山千春にもフォークシンガーとしてぜひもっと深く参画して欲しい。

 

キャリア46年目、今年12月で67歳。円熟味を増した深みのある歌(歌詞)をいつも待っている。