安倍晋三氏が狙撃され死亡した事件以降、朝日新聞で連載している(元首相狙撃 いま問われるもの)。
7月22日には、1981年3月30日、首都ワシントンでレーガン大統領が狙撃された事件の際にシークレットサービスを努めており、自身もその銃弾を受けたティム・マッカーシーさんへのインタビューが掲載されていた。
そもそも要人警護に関する考え方も体制もアメリカとは大きく違うので、現段階での単純比較は難しいが、日本が目指すべき方向性については大きなヒントになるように思う。
(元首相銃撃 いま問われるもの)重要人物の警備、国家レベルで 大統領暗殺未遂、かばった警護隊員に聞く
2022年7月22日 朝日新聞
米国では1981年、レーガン大統領(当時)の暗殺未遂事件が起きた。シークレットサービス(大統領警護隊)のメンバーだったティム・マッカーシーさん(73)はとっさにレーガン氏を守るために両腕を広げて立ちはだかり、銃弾を受けた。その時の教訓は何か。安倍晋三元首相の銃撃事件をどう見たのか。
■「ほとんどが地元警察、驚き」
――安倍元首相が銃撃され、亡くなった。事件の警備についてどう見るか。
映像などを多く見ておらず状況を深くは知らないが、警備には、ほとんど地元警察しかいなかったと聞いて驚いている。
少なくとも2人の警備担当者がかなり迅速に銃撃犯に飛びかかったように見えた。彼らが、安倍氏周辺でどのような陣形をとり、どのように反応したのかはわからず、映像を見ただけでコメントするのは難しい。
――奈良県警の本部長は会見で、今回の遊説日程は急に入ったもので、警護計画書を確認したのは事件当日だったと明かした。
米国でも似たようなものだ。選挙期間中の候補者は一日に複数の場所を訪れる。直前に予定を決める人もいるため、警備の準備に「もう少し時間が必要です」と伝えることもよくある。多くの場合は理解してもらえるが、「何が何でもやらなければならない」と言われることもある。
どんなに日本の地方警察が優秀でも、仮に特別な訓練を毎日やっていないなら、事前警備や情報収集で高い基準が保たれていたのか、と疑わざるをえない。
今回の警護対象者は長期にわたり首相を務めた非常に重要な人物だったのだから、米国でいう連邦レベル、つまり国家レベルの警備にすべきだっただろう。
――あなたがレーガン大統領を守って撃たれた時、犯人に向かって両腕を広げて大統領の前に立ちはだかった。
大統領を狙う人物が手の届く距離にいて、武器を取り出した場合は、武器を取りにいかなければならない。一方、あの時のように、犯人が少し離れていれば、大統領を取り囲んでいる警護官たちの仕事は大統領を保護することだ。だから私は、犯人の方を向いた。大統領をかばい、避難させるためだ。ほかの警護官は大統領を素早く、装甲板で保護されたリムジンに押し込んだ。
■米では金属探知機導入
――とっさに対応できたのはなぜか。
訓練だ。シークレットサービスでは、空砲、プラスチック製のナイフ、爆発物を模した閃光(せんこう)弾などで大統領が攻撃を受ける想定の訓練を積む。模擬訓練を通じてスキルを磨き、実際にそのような事態が起きた時に自分が何をすべきか正確に把握することができる。訓練は録画し、全員がその状況下でやるべきことをやったか確認する。
――訓練通りだったと。
攻撃者は10~11フィート(約3メートル)ほど離れていた。私のように大統領をかばった者もいれば、大統領をリムジンに押し込んで避難させた者もいた。教科書通りだ。
すべてが想定通りに進んだにもかかわらず、大統領は負傷した。完全な成功とはいえなかった。それ以来、大統領に会う人は金属探知機を通るようになった。単独の銃撃犯による米大統領の襲撃事件がその後起きていないのは、偶然ではない。
米国では歴史的に、暗殺者は多くの場合、ライフルではなく拳銃を使い、警護対象者に近づくことができる単独犯だった。電池で作動し、どこでも使える金属探知機は大きな違いをもたらした。農地の真ん中に設置することもでき、拳銃の脅威は格段に落ちた。
――日本では今後、警備の問題を検証する。
首相経験者は生涯にわたり、よく訓練されたグループによって警護されるべきだと思う。
米国では、元大統領本人と配偶者は生涯、シークレットサービスの警護を受ける。警護チームの任期は通常4年ほど。たとえばブッシュ元大統領(子)はテキサス州に住んでいるから、警護チームもテキサスに引っ越す。その間、大統領をかばい、避難させる訓練を重ねる。ブッシュ氏がシカゴに行けば、事前にシークレットサービスのシカゴの拠点に連絡し、警備を調整する。どこに行く場合も一貫した基準で警備できる。専門性と、十分な訓練を受けた人材を提供できる。(ワシントン=下司佳代子)
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Tim McCarthy シークレットサービスのメンバーとして、大統領警護部門に8年、シカゴで捜査部門に14年勤務した。1994年~2020年、イリノイ州オーランドパーク警察署長を務め、現在は警備会社長。(写真は米イリノイ州オーランドパークの自治体提供)
◆キーワード
<レーガン大統領暗殺未遂事件> 1981年3月30日、米首都ワシントンでレーガン大統領が銃撃された。レーガン氏は胸部に弾丸を受けたが手術で回復。頭部に銃弾を受けたブレイディ大統領報道官は障害が残った。マッカーシー氏と首都警察の巡査も胸や首を撃たれて手術を受けた。当時25歳の男が逮捕された。