余録:「私の音楽を取り囲むかいわいがいきなり膨張した」…
2022年7月6日 毎日新聞
「私の音楽を取り囲むかいわいがいきなり膨張した」「スノッブなチョコレート屋さんに150人が並んだ」。松任谷由実(まつとうや・ゆみ)さんは1987年のラジオ番組で始まったばかりのバブル景気をこう表現した。ユーミンは90年代にかけて売れ続けた▲「時代とどう呼吸するか」を考えていたという。売れなくなるのはどんな時かと問われ、都市銀行がなくなるような時代と答えている。大手金融機関が破綻する10年後を予言するような発言だった▲半世紀前のデビューは田中角栄首相の誕生と重なった。自民党総裁選が行われた72年7月5日、荒井(あらい)由実の名で「返事はいらない」を発売した。吉田拓郎(よしだ・たくろう)さんの「結婚しようよ」がヒットし、歌謡界も転機を迎えたが、曲作りから演奏、歌まで全てをこなす女性は珍しかった。当初は売れなかったものの、徐々に時代が追いついた▲スキー、サーフィンなど世のトレンドを先取りし、松田聖子(まつだ・せいこ)さんらアイドルにも楽曲を提供した。バブル崩壊後も「予言」とは異なり、第一線に立ち続けてきた▲スタジオジブリの映画に「ひこうき雲」が取り上げられ、北京冬季五輪では羽生結弦(はにゅう・ゆづる)選手のエキシビション演技で「春よ、来い」が流れた。人生のさまざまなシーンと名曲がつながる人も少なくあるまい▲「遠い波の彼方(かなた)に金色の光がある 永遠の輝きに命のかじをとろう」。デビューシングルB面の「空と海の輝きに向けて」である。50年後を見据えていたような希代のアーティストの歌は今も色あせない。