多くの日本人が抱いた故郷の原風景の一部、多くの人々の心に寄り添い支えてきた一曲~
さだまさしの主に「案山子」に纏わるエピソード
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[取材現場プラス]路線存廃議論 寂しかないか
2022年5月15日読売新聞島根
妹の誕生から結婚までの家族の様子を兄の視点で語る「親父(おやじ)の一番長い日」、心温まる男女の恋愛模様をつづった「雨やどり」、気高い医師の思いを通して生きる意味を問いかける「風に立つライオン」、折れそうな心を勇気づけてくれる「主人公」……。代表曲は枚挙にいとまがない。歌手・さだまさしさんだ。
大阪南部の田舎町にあったわが家では、ファンだった母がよく、さださんのCDをかけて家事をしていた。自然と耳にしていた影響か、記者も小学校を卒業する頃には、だいたいの代表曲は歌えたように思う。だが、その良さが心にしみ出したのは学生時代。人の心の機微がわかり始めた頃だった。
きっかけになった歌が「案山子(かかし)」。故郷を離れ、都会で一人暮らしをする子どもを思う名曲だ。「お金は足りてますか?」。下宿先に届く母の手紙が歌と重なり、親心のありがたさを実感すると同時に、胸が締め付けられたのを覚えている。
この故郷のモデルが津和野町だと聞いたのは、つい最近のこと。早速、さださんの著書「噺歌集(はなしかしゅう)」を取り寄せると、さださんが「日本のふるさと像」として津和野を選び、「三本松城の石垣の上に腰かけて作った」と紹介されていた。
確かに、歌詞にある城跡から見下ろした川や山の麓を走るSLの描写は、石垣から見た津和野の町並みそのもののようだ。地元では有名な話らしい。県立津和野高同窓会は2008年、創立100周年記念事業でさださんを招き、コンサートまで開いてもらったのだという。
当時の実行委メンバーだった藤山宏さん(61)は「会場は、定員1000人ほどの小さな町の体育館。それでも嫌な顔一つせず、ステージ上で案山子ができた経緯を語ってくれましたよ。歌は町の誇りです」と教えてくれた。
JR西日本が4月、利用者の少ないローカル線の区間別収支を公表した。赤字路線を巡る議論を加速させるためだという。その中には、城跡から見下ろせるあの区間が含まれている。歌を通し、多くの日本人が抱いた故郷の原風景の一部である。存廃は、沿線自治体だけの問題ではないはずだ。(次席 冨野洋平)
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案山子/さだまさし(まさしんぐWORLDコンサート「カーニバル」2008年)
主人公/さだまさし(東大寺コンサート2010)