「コロナ下、音楽止めない 中島みゆきさんゆかり、札幌の喫茶店」とのタイトルの記事が、2月8日毎日新聞(夕刊)一面トップに掲載されていた。

 

多くのミュージシャンが青春時代を過ごし、当時の思い出がたくさん詰まった喫茶店「コーヒーハウス ミルク」を特集したもの。

 

とくに中島みゆきファンの皆さんにとっては足を運び、知り尽くしている喫茶店だろう。記事では、中島みゆきと「ミルク」との接点を中心に、その歴史を辿りながら、コロナ下にあって多くのライブハウスが休業や閉店に追い込まれる中、「若者の夢を応援するため」踏ん張り続ける「ミルク」の現在を紹介している(以下、記事全文)。

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コロナ下、音楽止めない 中島みゆきさんゆかり、札幌の喫茶店
2022年2月8日 毎日新聞(東京夕刊) 

 

 

 中島みゆきさん、竹原ピストルさんら多くのミュージシャンが青春時代を過ごした喫茶店「コーヒーハウス ミルク」が札幌市にある。店に程近いスタジオも運営するオーナーの前田重和さん(74)は、プロを目指して音楽を奏でる若者たちを長年支え、背中を優しく押してきた。新型コロナウイルスの感染拡大でライブが中止になっても、スタジオは開け続けた。「練習しないとバンドの活動が止まってしまう」との思いからだ。
 同市東区の店のドアを開けると、年季の入った焦げ茶色のテーブルとカウンターが柔らかいオレンジ色の光を放つ電球に照らされている。ギターを抱えた若者たちが談笑する声と、フォークやハードロックなどジャンルを超えた音楽がスピーカーから流れ、昭和にタイムスリップしたような空気が漂う。前田さんはカウンターに立ち静かにカップを磨く。
 そんな光景を中島みゆきさんが歌にした。アルバム「愛していると云ってくれ」(1978年)に収録された「ミルク32」。カウンターに座った女性がマスターに失恋話を打ち明ける。語りかけるような歌声で、積み重ねた皿やカップなど店の様子も描いた。札幌市出身の中島さんが若き日に店に通ったエピソードは、ファンの間で語り草となっている。

 


 中島さんとの出会いは、前田さんの人生に大きな影響を与えた。60年代後半~70年代初頭、前田さんは札幌でシンガー・ソングライターの草分け的存在だった。ジョーン・バエズやボブ・ディランに憧れ、アメリカンフォークを邦訳で歌おうと暗中模索を続けた。
 69年には札幌北光教会(同市中央区)で音楽仲間とフォークコンサート「気ままなフォークコンサート」を開催。札幌から新しい音楽を発信しようと、出演者はオリジナル曲を歌うことを条件とした。そこに出演したのが、結成間もない北海道大フォークソング研究会のバンド「壊れた蓄音機」で、ボーカルは当時、藤女子大の学生だった中島さんだった。「ギターもうまいし、声もよく通る。メッセージ性があり、聞いたらその場を立ち去ることができない、じわっとくる威圧感があった」。前田さんは懐かしそうに語る。
 ◇定例ライブ会場に
 コンサートは5年間で32回開催。「定例ライブができる店を持ちたい」と、74年にライブハウスを兼ねた喫茶店をオープンし、79年には数十メートル離れた2階建て木造アパートを改装して「スタジオミルク」を開設した。その頃に仲間の喫茶店主たちと主催した野外音楽祭「ツーアウト・フルベース」は、99年から北海道石狩市で夏に開催されている「ライジング・サン・ロックフェスティバル」(2020、21年は中止)の原形となった。喫茶店は道内音楽シーンの発信地となった。
 ◇プロも多数輩出
 店やスタジオからは多くのミュージシャンがプロとして羽ばたいた。80年代にガールズバンドの先駆けとなった「ゴーバンズ」、19年に結成35周年を迎えた「怒髪天」、独特の世界観で人気の「サカナクション」もこのスタジオで腕を磨いた。前田さんは掃除でスタジオに出入りしながら利用者の音楽を聴き、アドバイスしてきた。
 竹原ピストルさんもスタジオで夢を育てた一人だ。道都大の学生だった90年代後半、フォークバンド「野狐禅(やこぜん)」を結成し、札幌でライブ活動をしていた。「近くのカビ臭い共同トイレのアパートに住んでいて『いつかここを出てやる』とハングリーだった」と前田さんは顔をほころばせる。
 竹原さんはギター1本で勝負しようとしていたが、当時の音楽シーンでは受け入れられにくいと感じた前田さんは、ボクシング部でいつも顔を腫らしていた竹原さんに「味のある顔をしているから、まずは役者で売り出した方がいい」とアドバイス。竹原さんはその後、俳優として成功し、歌手としても飛躍を遂げた。
 40年余でスタジオには延べ約4万組の若者が出入りし、夢を追いかけた。しかし、この2年間は新型コロナが暗い影を落とし続けた。イベントの中止が相次ぎ、市内のライブハウスも休業や閉店に追い込まれた。利用者は減ったが、スタジオを閉める選択肢は前田さんにはなかった。「ライブがなくなっても、演奏しないと、バンドの活動が終わってしまう。音楽は鳴らし続けないと上達しない」。かつて自身が見た夢を若者につなぎたい思いだった。
 昨年末、市内在住の社会人と大学生4人組のロックバンド「ヨコヅナカンパニー」が練習に打ち込んでいた。前田さんイチオシのバンドだ。リーダーでボーカルの藤原空汰(そらた)さん(21)は「観客を楽しませるためには練習が必要。前田さんに『音が良くなってきた』と褒められたのが何よりもうれしかった」と笑顔を見せる。
 「売れたか売れないかではなく、自分たちのやりたいことを貫いてほしい。中島さんの歌を初めて聴いた時に衝撃が走ったような魂のこもった音楽をこれからも後押ししていきたい」。前田さんの音楽への愛は20代の頃と変わらず、そして、スタジオから聞こえてくる演奏は鳴りやまない。

 

 

 

「Milk 32 」(ミルク32) /満島ひかり(Cover)

 

 

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