2月12日の日本経済新聞コラム「春秋」は心温まる内容だった。高校3年生のツイートに10万を超える「いいね」が寄せられたその内容は、高校3年間毎日弁当を作ってくれた母親に感謝を伝えるものではなく、弁当を作らせてもらった母親が子どもに感謝する言葉だった。

 普通に考えれば逆、子どもから母親に伝えることだろう。「春秋」は最後に言う。「子を案じることも、振り返れば親の幸せだ。冒頭のお母さんはそのことをよく知っている。(中略)親子が共に暮らす時間は、夢のように過ぎてしまう」―だからこそ子どもに感謝するメッセージになった。

 幸いと言おうか、二人の我が子は東京にある大学に進学したので、自宅から通っている。いまだに一つ屋根の下で一緒に暮らしている。とは言え大学生にもなるとそれぞれの時間で動くもので、同じ時間を共有することはめっきり減った。

 子どもたちの小さい頃を思い出してみても、抱っこしながら、四六時中何をするにも一緒に過ごしていたのはほんの数年間のこと。何より妻が大変だったと思うが、今思うとあの夢のような時間はあっという間に過ぎ去った。

 子どもたちがいてくれたからこそ、私と妻の人生は笑い溢れる明るく賑やかな日々になった。私たちの人生を彩ってくれた。このお母さんと同じように、よくぞ私たちのもとに生まれてきてくれた、と感謝である。

 自分のことを振り返ってみても、18歳で山梨から東京に出てきて、それ以来ずっと東京なので、両親と一緒に暮らしたのはたった18年間だった。高校を卒業した春、大学入学のために父が運転する軽トラックに荷物を積んで東京のアパートに引っ越した。たくさんの荷物を積んでいたため、中央道(高速道路)を使わず、甲州街道(国道20号線)を使った。その車中、運転する父が言った。

 「自分の子どもをひとり東京に出す気持ちは複雑だな。心配で仕方ない。体に気を付けて頑張れよ」

 父には、亡くなる前に何度も感謝の言葉を伝えることができた。がんによる激痛を止めるため強い鎮痛剤を使っていたことから、意識が混濁していた母には最期の最期まで、生み育ててくれたことへの感謝の言葉を伝えることができなかった。

 子どもたちに感謝し、両親に感謝し…短いけれど、何と味わい深いコラムか。様々なシーンと気持ちを思い起こさせてくれた名文である。

 

 

(春秋) 2021年2月12日 日本経済新聞


 先日、ある高校3年生のツイートに10万を超す「いいね」が寄せられ、ネット上で話題になった。高校生活最後の弁当の包みを開けると母親の手書きのメッセージが……。「3年間お弁当を作らせていただきありがとうございました。冷食、玉子焼きばっかでごめんネ」
▼その日は、豪華ローストビーフ丼だった。最後は息子の好物を、とお母さん、奮発したようだ。現役の生徒も、昔日の高校生も。毎朝早起きして弁当づくりにいそしむ親も、子育てが終わった熟年も。世代を超えて共感が広がった。自分は感謝の気持ちを伝えただろうか。弁当の作り手を亡くした方の涙腺は緩んだはずだ。
▼「おふくろがつめてくれた弁当は/ふたをあけただけですぐわかるんだ/おかずのならべかた/小さい紅しょうがの置きかた/その上を往復したおふくろの指/めしの上にそれがちらつくんだ」。詩人サトウハチローは少年時代に非行を重ね一時、更生保護施設に。後悔ゆえか。心配をかけた母を慕う作品を数多く残した。
▼共働き世帯が増え、弁当づくりは父母が交代で、という家庭もある。コロナ禍の大学入試が終盤戦を迎えた。会場で手製の弁当を広げる受験生は恵まれている。子を案じることも、振り返れば親の幸せだ。冒頭のお母さんはそのことをよく知っている。門出の春が近い。親子が共に暮らす時間は、夢のように過ぎてしまう。