「松翁論語(しょうおうろんご)

松下幸之助 述/江口克彦 記

1996年1月19日初版/PHP文庫

 

 

先日何かの新聞を読んでいる時、記事中に目にしたので読んでみた。本書の紹介欄には次のようにある。

 

「松下幸之助の晩年の二十二年間、常に側で仕事をしてきた筆者。その歳月の中で直接聞いた言葉、松下の著作中で感銘をうけた章句、松下と接した多くの方々から聞いた話などを書き記した膨大なメモから厳選し、『論語』に倣って編まれた938篇の断章。(中略)松下の哲学が凝縮される。松下幸之助の真髄がコンパクトにまとめられた座右の一冊」

 

すべて「松翁ある人に次のように言われた。」で始まり、松下幸之助氏の言葉の数々が並ぶ。

紹介欄に「断章」とあるとおり、氏の著作からや言葉を、それらの文脈に関わらず選んでいるので、その言葉だけでは氏の真意を把握できないものもあった。理想としてはそれぞれの言葉の前後をもう少し掲載して欲しかったところ。ただ、短文で掲載するからこそ多くの人に伝える場合に意味が出ることも理解する。

 

記し残した江口克彦氏曰く、松下幸之助氏は縦と横、ふたつの「思考軸」を持っていたという。横の思考軸は『「多くの人たちの知恵」。松下はこれを「衆知」と表現し、衆知を集めることの重要性を強調し続けた。(中略)先哲諸聖を含め過去現在のあらゆる知恵を指す。松下はそうした衆知を集め続けながら、自分の内部に醸成される新たな知恵を持った』(10~11㌻)。

 

縦の思考軸は『宇宙の「根源」の存在』(19㌻)。本書掲載の九三三番目に「宇宙に存在するすべてのものは、宇宙根源の力によって、生命力が与えられている」(287㌻)と言われたそのことである。『「根源」とはなにか。「根源」とは、この宇宙万物あらゆるものを生みだした、いわば母のようなものであるとした。(中略)すなわち「無」から「有」が生みだされるはずはなく、なにか根源的な存在があるからにちがいないと考えた。(中略)さらに「根源」は固有の力を有し、その力が万物に働き、それらを生せしめ、育成し、生成発展させている。その生成発展こそ自然の理法であると言う』(19㌻)。難しい概念だが、要するにつねにそこに存在している「宇宙根源の力とリズム」「生命そのものの力」とも言うべきか。

 

ともあれ、この二つの「思考軸」で物事を考え、発した言葉の数々が掲載されている。以下幾つか抜き出してみた。ぜひ本書を手に取られて938篇読まれてもよいかもしれない。

 

(二二)

「もの知りだけでは経営はできない。山野をのり越え苦境を切り抜けた、その汗と涙のなかから知恵を生みだした者でなければ、経営を成功させることはできない」(31㌻)

(六五)

「宇宙人間万物は、根源から生みだされたものである」(43㌻)

(一一八)

「知情意は人間の本質から出る人間性であるが、これは変化する。知を高め、情を厚くし、意を強くする。それが人間性を向上させるということにもなる」(60㌻)

(二七四)

「批判しようと思えば、どんなにいいことでも批判できる。いいところをつとめて見ようとするところに、人間の成長がある」(102㌻)

(三四八)

「誰の意見にも感心し、なんのためらいもなく他人に尋ねることができる人には、他人が集まり、知恵が集まり、人望が集まる」(122㌻)

(四〇一)

「悲運と思われるときでも、決して悲観し、絶望してはいけない。その日その日を必死になって生き抜くことが大事。そのうちきっと思いもしない道がひらけてくる」(136㌻)

(五〇二)

「みずからを高めるためには、順境のときに百ぺんの講義を聞くよりも、逆境に立って、みずから取り組み、その体験から自得するほうが効果は大きい」(166㌻)

(五〇八)

「人間形成の過程には、ある期間、適所でないところに立つことも、また必要である。しばらくそういう仕事も味わってみて、いつか適所に座るということが望ましい」(167㌻)

(五六七)

「理屈で割り切れないのが人の心。微妙に動く人情の機微を知り、それに即した言動を心がけてこそ、豊かな人間関係が築かれる」(182㌻)

(五七五)

「鳴かざればそれもまたよしホトトギス」(184㌻)

(七二二)

「いつもいいということはない。いつも悪いということもない。自分の心の持ち方、考え方によって、いいときはいいとして活かすことができるし、悪いときは悪いとしてそれをまた活かすことができる」(226㌻)

(七四八)

「ともすれば他を見て自分の精神をグラつかせる。自分の仕事はこれでいいのかどうか、自信を失う。そして不安にとりつかれる。そのようなことを何度となく繰り返してきた、というのが私の偽りのない体験である」(233㌻)

(七七三)

「降らば降れ、吹かば吹け。雨も風もいつかはやむ」(241㌻)

(八〇五)
「困難に出遭ったときには、自己観照をすればよい。自分の外へ出て、自分を見てみる。そして、自分で自分を励ます、自分で自分を叱る。それがいちばん間違いない」
(249㌻)

(九二九)

「宇宙根源の力は、宇宙の神羅万象―自然界、人間界を問わず、万物すべてを支配し、規制し、調和を保たしめている絶対無限の力である」(286㌻)