読売新聞連載[時代の証言者]。11月1日から「現代の吟遊詩人 さだまさし 編」が始まった。金曜日と日曜日を除く連載なので、11月の1か月間、全部で21回掲載される予定。

 

 

第1回目は「緊急事態宣言の夜に」

 

1960年代後半から70年代にかけて一大ブームを巻き起こしたフォークソング。学生運動の渦の中、反体制や反戦を訴える一方で、青春期の揺れる心情を描き出してきた。そんな中、「関白宣言」など、人の喜怒哀楽の情を巧みな物語仕立てで歌い、絶大な人気を得てきた。ソロデビューから44年で通算4400回余という驚異的な数のコンサートを積み上げてきた現代の吟遊詩人の境地を追った。(編集委員 西田浩)
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 今年は芸能・文化のあり方を根底から揺るがした年でした。僕自身も自分の活動を見つめ直し、今後について真剣に考えざるを得ませんでした。言うまでもなく新型コロナの影響です。
 《昨年中国で発生が確認された新型コロナウイルスによる感染症はまたたく間に国境を越えて広がり、目下、全世界の感染者は4000万人、死者は100万人を超えた》
 感染を避けるため、コンサートや演劇などのイベントは規模を制限され、観客の距離の確保を求められました。夢のない話になってしまいますが、多くの文化的興行は客席がほぼ埋まってようやく採算が取れるというのが実情です。公演が開けない、開いても入場者数を絞らなくてはならないというのは、アーティスト、興行主、会場などすべての関係者に打撃を与え、文化インフラの破壊を招きかねません。
 一方で、感染防止のため自宅にこもる人々を、エンターテインメントが慰め、勇気づけていたのも事実です。オンラインによる無料ライブや音楽フェスティバル。僕たち送り手も、できることを模索しました。
 緊急事態宣言が発出されて3日後の4月10日、僕は「緊急事態宣言の夜に」という曲を配信しました。まさに発出の日にやむにやまれず作った曲でした。「俺たちがウイルスに侵されないことだ 今何よりそれが俺たちの戦い」——。自分にかかわるすべての人を守るために真剣に考えよう。当たり前のことだけど、僕の音楽が助けとなって伝わるのなら、ちゃんと言うべきだと思いました。それも音楽の効能の一つです。
 もう一つ。移動の自由は民主主義の根幹をなします。日本では自粛要請でしたが、それを他国のような罰則つきの命令にしてはいけない。だからこそ、一人ひとりの意思と選択で、この難局を乗り切ろうという願いも託しました。
 多くの教訓を残すことになるコロナ禍ですが、人と文化の関係もその一つだと思うのです。(シンガー・ソングライター)(この連載は、月〜木曜日と土曜日に掲載します)
 
 ◇さだまさし 1952年、長崎県生まれ。本名・佐田雅志。73年に吉田政美とのフォークデュオ、グレープとしてデビュー。「精霊流し」で注目を集めた。76年にソロに転じると、「雨やどり」「関白宣言」「親父の一番長い日」など次々とヒットを飛ばした。小説家としても「解夏」「眉山」などが高く評価される。