「検証 東日本大震災の流言・デマ」
荻上チキ/光文社新書/2011年5月
このコロナ下で、知る限りでもいくつかの誤情報がネット上に出回った。SNSを介した誤情報は”デマのパンデミック”と言っていいほど、瞬時に広く伝わる。
記憶に新しいのは「中国から輸入できず品薄になる」との誤情報によりトイレットペーパーの買い占めが行われ、一時的ながらも店頭からトイレットペーパーが消える事態となったこと。ある県の団体職員がツイートしたことが始まりだったが、買い占めの原因はこのツイートではないことは今や広く知られている。
東京大学大学院の鳥海不二夫准教授(計算社会科学)は、2月下旬~3月上旬のトイレットペーパーに関するツイッターへの投稿約462万件を分析したが、問題の投稿をリツイート(転載)したのは2件だけだったことから、「これが買い占めの原因とは考えにくい」と指摘する。そのツイートの内容を打ち消そうとする投稿が瞬時に数万人に拡散し、呼応するような注意喚起の投稿が続いた。鳥海准教授は「『デマを信じるな』という投稿がかえって偽情報の存在を拡散させ、品不足の不安を増幅させた可能性がある」と説明する。さらに商品が売り切れた棚の写真が投稿されたインスタグラムや、LINE(ライン)など複数経路を通じて偽情報は広がったとみられる。 (「新型コロナ誤情報が瞬時にSNS拡散 善意のデマ否定で逆効果も」2020.05.12 SankeiBiz)
この本では「流言」と「デマ」を以下のように定義する。
【流言】:「根拠が不確かでありながらも広がってしまう情報
【デマ】:「政治的な意図を持ち、相手を貶めるために流される情報」
流言・デマには「注意喚起を促すもの」や「救援を促すもの」、「救援を誇張するもの」などがあるが、中にはその機に乗じて特定の政党や政治家、著名人などを貶めるものも現実としてあることこから、便宜上立て分けている。 しかし、本質的なところでは、流言やデマを信じてしまう集団的な心理や情報環境にこそ注目すべきである、と出張する。
混乱の真っただ中にいる人が、そこに伝わる情報の真偽を峻別することはそう簡単ではない。また、「絶対に流言やデマに騙されない情報強者」(16㌻)は存在しない。
流言・デマは、重要さと曖昧さがともに存在するところに広まるとする。また、Aという事実とCという事実が既に知られているが、その二つの間に何らかの矛盾が存在する時、そこを結びつけるためにBという流言が作られる(清水幾太郎)。さらに、災害時には情報への需要は上がるが、情報の供給は減少、不足する。その需給ギャップを埋めるために、憶測を含む流言が広がる(廣井 脩)、と、流言・デマが広がる構造を紹介する。
著者は、あらかじめ私たちが「流言ワクチン」を摂取しておくことが重要だと主張する。「あらかじめ過去の事例を知っておくこと、あえて騙されてみるという疑似体験を繰り返すことで、流言やデマに感染しにくくすることができる」と。流言・デマが広まる本質やパターンはそれほど変わらないため、過去にあった事例を知っておくだけでも、100%とは言わないが、自身の中に情報フィルターを持つことが出来る。
この本は、東日本大震災発生直後からツイッターやチェーンメールで実際に発信された数多くの流言、デマを著者が精査・検証、カテゴライズして生成した「流言ワクチン」として、読者に提供している。