西寺郷太のPOP FOCUS 第7回
長渕剛「JEEP」
変化の過程で見せたありのままの姿
2020年6月11日  音楽ナタリー

(↑ 長渕剛「JEEP」Clickで記事全文へ)

 

 

(記事抜粋)

西寺郷太が日本のポピュラーミュージックの名曲を毎回1曲選び、アーティスト目線でソングライティングやアレンジについて解説するこの連載。NONA REEVESのフロントマンであり、音楽プロデューサーとしても活躍しながら、80年代音楽の伝承者として多くのメディアに出演する西寺が、私論も交えつつ愛するポップミュージックについて伝えていく。

第7回のテーマは長渕剛。長渕の長いキャリアの中で起こったさまざまな変化に注目し、1990年に発表された楽曲「JEEP」のアコースティックサウンドや文学的な歌詞の魅力に迫る。

 

ヘミングウェイのような文学的歌詞


「JEEP」は天才シンガーソングライター長渕剛の魅力を凝縮した楽曲だと僕は思っています。冒頭の「ワークブーツにはきかえ 赤いジャンパーひっかけ」という1ラインで、主人公のワイルドだけど派手好きな趣味趣向をまず説明。例えばこの主人公が着ているジャンパーの色を「黒ーい」「青ーい」「黄色ーい」「茶色ーい」と試しに変えてみてほしんですが「赤い」以外、響きの“答え”がないんですよ(笑)。「赤ーい」は、英語の“I Can”に似た口触りで、“ワーク”“赤い”でのカ行の使い方こそがリズムを作れる秘訣で最高に気持ちいいんです。この曲の主人公=長渕さんとして聴いてるファンも多いと思うんですが、「夜明けまえの湾岸道路を 俺は西へと走らせ 背中に東京(まち)が遠ざかり」というフレーズから長渕さんが実家のある鹿児島や九州に近い方向を目指しているようにも思えます。世田谷あたりから、第三京浜に乗って神奈川方面に進んで海を見に行っているみたいな。そのあと「フロントガラスの向こうから やっと太陽が昇った」で彼が早朝に家を出たことを描写、そして「俺はできたばかりの唄を カーステレオから流した」、ここも並みの作詞家には書けない仰天フレーズですよね。全部がすさまじすぎますが、ミュージシャンにしてみればこの1行は本当に“あるある”で。正直、曲を作ってる最中に車をドライブしながらラフミックスなどを聴いて「どうしたらもっとよくなるかな?」って試行錯誤してるときが一番楽しいんですよね。でも、ミュージシャンがデモテープやラフミックスや完成音源を車の中で聴いた瞬間の、そうしたアーティスト特有の景色や心情は、単なる一般層への共感だけを求めていれば書けないですよね。できたばかりの歌をカーステレオから流すなんて人の数は少ないはずですから……。

そして、特にこの「JEEP」の中でもっとも僕が驚嘆するのが、「ウエットスーツの若者が 朽ち果てた流木とたわむれ 俺は無性にコーヒーが飲みたくなった」という歌詞です。おそらく長渕さんが本当にJEEPで早朝に海に行って、実際に見た景色が歌詞につづられているんでしょう。逆に100%の想像だとしても「ウエットスーツの若者が」って、歌詞にはしづらい。でもめちゃくちゃ情景が浮かぶすごいワードです。主人公がジャンパーを着て外に出て、次に「シーズンOFFのドライブイン」と言ってるから、たぶん季節は冬、春や秋にせよ朝は寒い時期。でもウエットスーツを着た若者は、単純に好きだから超早起きして海辺でサーフィンしているわけです。このあたりの情景描写、ヘミングウェイの小説のように小刻みで、ハードボイルド、ドライな言い切りは文学的で、1行たりとも無駄がない。出発時に悩みを抱えていたこの曲の主人公も“もともとは単純に好き”だから音楽の道を選んだんだよな、と。自分のそもそもの出発点に気付いたのかな?とそんなふうに思えるまでの描写があまりにも自然ですよね。再デビューから12年、芸能の世界でも頂点を極めた彼の心の独白、その細かい部分はあえて説明されないんですが、最後「Oh my JEEP 幌をはずした」というフレーズで、主人公の新たな決意が表明されています。JEEPは一般的な車と違って天井の幌が外せる構造になっていて、寒い季節だけれど、剥き身になってもう一度街に戻って前進するんだ、と……こうやって歌詞をたどっていくと、細かな描写から「JEEP」こそ、デビュー時のシンプルな路線への原点回帰に賭けた長渕さんの勝負作だったんだろうな、と思えるんです。僕が長渕さんをリアルタイムで聴いて夢中になったのは「JEEP」が最後だったんですけど、この作品の素晴らしさはもっと取り上げられるべきだと思います。

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1989年のアルバム『昭和』ライブアルバム『長渕剛LIVE'89』(1990年)を挟んで1990年アルバム『JEEP』、そして1991年アルバム『JAPAN』と、長渕剛が売れに売れていた時代、全盛期。ライブチケットが取れなかった。この当時からだっただろうか、バックステージ席を設けて会場いっぱいまで聴衆を入れ始めたのは。

 

今でもライブで基本は弾き語りで「JEEP」を歌う時があるが、スリーフィンガーのペースが速すぎて、あの当時の「JEEP」の世界に入り切れない。当然、風貌も違う。

 

掴みどころのない不安、自分へのもどかしさ、社会への怒り…そういったものが歌う姿からそのままにじみ出るような、それらをすべて歌に叩きつけるようなあの頃の長渕剛の「JEEP」がやっぱりいい。

 

「とんぼ」「ろくなもんじゃねえ」「いつかの少年」「電信柱にひっかけた夢」「Myself」「しゃぼん玉」「東京青春朝焼物語」など個人的に大好きな曲たちも、どの時点の長渕剛が歌うかで迫り方がまったく違ってくる。 その歌の世界への入り具合が違うとも言える。