昨晩、石川県に住む、大学時代からずっとお世話になっている先輩から電話が来た。

私が大学に入学した時の4年生。当時の大学生のヒエラルキーの中では、3つ上の先輩は雲の上の人だった。

 

学生時代の話題に花が咲き過ぎて、ついつい長話しになった。わざわざ電話をくださり、久しぶりに話が出来て嬉しく有り難い時間だった。

 

 

私が大学1年の秋、その先輩が言った。

 

「虹野、渡辺美里の『BELIEVE』っていう歌を聴いてみろ。考えさせられるぞ」

 

「BELIEVE」(作詞:渡辺美里/作曲:小室哲哉)がシングルとして出たのが1986年10月。大学入学直前から渡辺美里も聴いていたので、先輩から言われた時にはその直前に出た「BELIEVE」も知っていた。

 

1986年1月に「My Revolution」が出て、売れ始めていた。あの当時の渡辺美里の人気はすごかった。自分たちと同世代の歌い手として身近に感じながら、大学の多くの友だちが聴いていた。

 

1987年8月1日 、西武球場で聴いた「BELIEVE」も記憶に残っている。

 

傷ついたり悲しみに直面したとしても、そこから無理に抜け出そうとせずに、過ごすこと。

「いつものキミに戻るまで 自由に生きることさ」

 

人それぞれ心の痛みを抱えながらも、夢を夢のままで終わらせたくないから、それを越えていく。

 

「平凡すぎる毎日と今をなげくよりも 追いつく自分の弱さを 追いこしてゆきたい」

この歌の画竜点睛、このフレーズがなかったら、名曲としてここまで残っていなかったとさえ思う。

 

過去の自分より今日の自分、今日の自分より明日の自分―言い古された言葉、普遍性のある言葉。他者との比較ではなく、基準をいつも自分の成長、自分の変革に置いて、絶対的な視点で生きていく。

 

自分の弱さとの葛藤、自分との戦い。自分自身と戦う人を説得力を持って優しく応援する。

 

「虹野、お前は将来何を目指すんだ?」―34年前、そんなことを先輩と二人で、先輩の汚いアパートで真顔で語り合った。必ず叶うと信じていた。きっとそうした思いがあって、河の流れを越えてきたのかも。これからも河はあるけど。

 

先月20日、「渡辺美里 ♪BELIEVE《Sound Inn S@HOME》テレワークで名曲カバーをやってみた!第2弾」と題して、旧知のミュージシャンたちとともに「BELIEVE」をテレワークで歌っていた。

 

 

朝一番のホームの 冷えた静けさが好きさ
袖の長めのシャツに 風が泳ぐのが好きさ


空を抱きしめたいよ この手のひらで
今を確かめたいよ 瞬間の速さに
はがれた街のポスター
わけもなく泣きたくなったよ My Heart


ひとつのサヨナラに
キミは憶病にならないで
いつものキミになれるまで
自由に生きることさ


夢を夢のままでは終わらせないでいて
人は違う傷みに胸しめつけられて
この河の流れを 越えてゆく

 

 

よくにた瞳をした恋人は淋しさかかえてる
凍えそうに響くクラクション
流されたくないよ


恋の行方はいつもわからないから
今を信じていたい 言葉じゃなくて
シグナルが変わったら
街も人も動きだすよ My Love


平凡すぎる毎日と今をなげくよりも
追いつく自分の弱さを
追いこしてゆきたい


ココロ沈むときにも一人にならないで
声にしない激しさに胸しめつけられて
この河の流れを 越えてゆく

ひとつのサヨナラに
キミは憶病にならないで
いつものキミになれるまで
自由に生きることさ

夢を夢のままでは終わらせないでいて
人は違う傷みに胸しめつけられて
この河の流れを 越えてゆく